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「あはは、そうか、そうだね。出れば結構良い線行くと思うんだけどなぁ」
「あれは隙を突くのが上手いが、こうした試合は不向きだな。大将の横でサポートに徹すれば負けなしだとは思うが」
「アランはどう?」
「弓以外は、というよりも勝ち抜く体力がないだろう。彼よりはキーツさんの方が強い」
 ステラは、かつての仲間の批評に声を上げて笑う。
「クリストファーのは聞かないのか?」
「……どうだろう。運が良ければ本戦勝ち抜きって感じじゃないかな。強いとは思うんだけど、正直、ガードナー隊長とか見てると、やっぱり強いの上に若手では、って付けたくなるな」
 身内びいきに見えて、なかなかに冷静な判断だ、とレスターはステラを見直した。
 そうして会場内を見回し、ふ、と笑みを刷く。
「運は良かったようだぞ」
「え?」
「向こうだ。違う、あそこ。一回負けてるようだが、今四連勝中だ。次に待ってる奴は知ってる奴だが、クリストファーなら負けないだろう」
「……うん」
 消しきれない安堵の込められた吐息が、小さく空気を揺らす。だが、足下には躊躇いが強い。
 口端を歪め、レスターはステラの手を強引に引いた。突然のことに驚き、当然ステラは抵抗を示す。だがそれを敢えて封じ込み、レスターは強引に彼女をクリストファーの前まで連れて行った。
 人混みの中にもその姿は目立つものだっただろう。人々の視線が糸を引いて彼らに注がれる中、数分の戦闘の後に勝利を収めたクリストファーもまた目を見開いたようだった。
「レスター、来てたのか」
「一応、応援にな」
「奥方を連れてか?」
 僅かにしかめられた顔は、目立つことに難渋を示しているようにも見える。ぎょっとしてステラが腰を引かしたことに気付きながら、レスターはただ笑って肩を竦めた。
「気分転換だ」
「……まぁ、いいだろう」
「君の妻はどうしたんだい?」
「彼女は身重だ」
 さすがに、こうした喧噪の場に連れてくることはできないということだろう。頷きながら、レスターはステラに発言を促すように顎をしゃくった。
 二対の視線を受け、ステラは目を泳がせながら小さく言葉を紡ぐ。
「ええと……その、本戦出場おめでとうございます。……と、その、頑張ってください」
「それは、あなたの夫君に言う言葉だろう」
 にべもない。レスターは無言で天を仰いだ。
 すみません、とステラは項垂れる。その姿を見てさすがに強引に過ぎたかとレスターが後悔する中、別の方向から拍手と共に声が上がった。
「やぁ、お見事でした。本戦出場おめでとうございます」
 ヨーク・ハウエルである。
「それに、エルウッドどのも。昨日はあっさり勝ち進みましたね。さすがというべきでしょうか」
「何故君がここに?」
「知り合いが軍部にもいますので。見学に来ていたらあなたがたが人の目を浚っていくものですから、やってきたんですよ」
「目立つのはまずいということか? 本戦も見学させるつもりだったが」
 窺うようにヨークを見れば、彼は少し考えるように瞬いた。そうして、固唾を呑んで回答を待つステラを一瞥する。
「どうでしょうね。明確に軟禁を強いられているわけじゃありませんから、表立って咎められることはないと思いますがね。このところ不穏な動きもありませんし、彼女も模範的な態度だ。多少の息抜きは許されるはずですが」
「それは良かった」
 公式な見解というわけではないが、ヨークの意見がそれとかけ離れるということはないだろう。ステラが僅かに笑みを浮かべるのを横目で確認し、レスターはヨークに問うた。
「近付かない方がいい場所などはあるのか?」
「常識の範囲内で大丈夫だと思いますよ。ただ、試合の最中などは皆の注意がそちらに向きますから、そうしたときにはむしろ目立つ場所に居た方が安全かもしれませんね」
「会場で言えば、どのあたりですか?」
 本戦の最中、レスターは側にはいない。自分の身は自分で守る必要のあるステラが、尤もな質問を挟む。そうした現実的な内容に、ヨークは僅かに目を見張ったようだった。だがはっきりと態度には出さず、ごく真面目に答えを口にする。
 その他注意すべき事について二、三、ヨークから聞き出し、ステラは最後に礼を言った。そうして、促すようにレスターの袖を引く。
「もう帰るのか?」
「見たいものは見たから」
 言い、ちらりとクリストファーに視線を向ける。
 その小さな声の遣り取りに反応を示したのは、話題に挙げられた主ではなくヨークだった。
「おや、そうすると、クリスの応援にでも来たのですか?」
「……夫から話を聞いていますし、この間少しお会いしたものですから」
「失礼ですが、外でお会いに?」
「いえ。仕事の事で、夫が他の方も連れて家に」
 へぇ、とヨークは意味深な笑みを浮かべてレスターを見遣る。
「貴方が家に人を、ねぇ……」
「何か問題でも?」
「いえいえ。いやしかし、ふぅん……」
 たっぷりと相づちに含んだ好奇心を叩きつけながら、しかし具体的には何も言わず、ヨークは再びステラに向き直った。
「明日はご夫君の応援に?」
「それもありますが、純粋に試合を楽しめればと」
「それはいいですね。ではクリスの応援もしてやってください」
 気色ばむクリストファーを視界の端におさめながら、ヨークは口端をキュッと吊り上げる。
「もしかしたら、ご夫君と対戦するかも知れませんが……」
「それが何か? 敵味方というわけではないのですから、気にすることではないと思いますが?」
「どちらを応援します?」
 さりげない一言に、ステラが一瞬息を呑む。
 その一瞬の隙を狙い、レスターはふたりの間に割り込んだ。
「悪いが、そこまでにしてもらおう」
「レスター」
「君が何を言いたいのかは判りかねるが、彼女の言うとおりだ。試合は軍の士気を高めるほかに、こもりがちな冬に民衆の鬱屈した気持ちを発散させる目的がある。余計な詮索は止めて貰おう」


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