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 打ち合い、離れ、間合いを詰めて、また一閃。
 荒い息の元繰り返される応酬だが、共に決定的な一打を与えられずにいる。このままでは審判も判断に迷うだろう互角の戦いだ。
(そろそろか)
 時間切れまであと僅か。
 そうした状況で先に仕掛けたのはレスターだった。無駄を承知で鋭く踏み込み、相手の喉元を狙う。
 それは当たり前のように防がれる。だが予測の範囲内だ。
 レスターは体力を使い果たそうとしているこの時、意外にも相手の戦い方を冷静に把握していた。否、おそらくはこれこそが、彼を幾度とない危機から救ってきた力なのだろう。
 決着のつかない遣り取りの中、相手が何度も使ってくる技を模倣する。勿論、完璧にトレースすることはできないが、そうである必要はない。
 ようは、それまでの癖から逸脱した動きになること。更には相手の技であることが違和感を与え、思考に負担をかける。誰しも、自分だけが必殺する技で攻撃されるとは、そうそうには思わないものだ。
 タイミングを見計らって相手の渾身の技をたたき込む。その瞬間、相手はレスターを見失う。目の前にいる。だがこれまでとは明らかにタイミングのことなる動きに、反射が追いつかない。
 むろん、どちらも猛者だ。咄嗟に防ぐ。
 だが次の瞬間、レスターは最速で己の得意とする攻撃を放った。相手の、直前に狂ったタイミングは、その動きを捉えきれない。
 そうして――
「そこまで!」
 相手の剣が、床を激しく叩いた。一拍遅れて、どう、と重量のあるものが倒れる音が響く。
 額から滴り落ちる汗が倒れた男の防具に落ちるのを見て、レスターは大きく息を吐いた。同時に会場が沸き立ち、歓声に包まれる。
 どうやら、ひとつ隣の会場は使われていなかったらしい。そこを空けた向こうに見える二つの会場は、既に第三戦に突入している。気づき、レスターは助け起こした男と同じタイミングで苦笑した。
「まいったな。フェイントを見破るのは得意だったんだが」
「奥の手です。あなたも、ただの力莫迦であれば楽だったんですけど」
 掛け値なしの本音に、男は肩で息をしながら片頬を吊り上げる。同じく忙しない呼吸を繰り返しながら競技場内を見回せば、いくつか知った顔が頷くのが見て取れた。快挙というほどではないが、予想外の白星を挙げたことには違いない。
 と、そんな中、レスターは意外なほど近くにステラの姿を見つけて目を見開いた。地味としか言いようのない格好をしていながら、艶やかな容貌は、それを補ってあまりある存在感を与えている。
 わざわざ人混みをかき分けて、近くに見に来てくれたのだろう。無様な姿を晒すことはなくてよかったと思いながら、レスターはステラに向けて手を振った。にこりと笑い、しかし控えめにステラが手を振り返す。
「わぁお、すげぇ美女」
 剣を拾い終えた男が、鞘にしまいながら口笛を鳴らした。
「なにあれ、お前の恋人?」
「妻だ」
「……次はこてんぱんに負けやがれ」
 言いながら、ガッとレスターの頭を叩く。二十分にわたる試合の中で最速の動きだっただろう。まさに避ける暇もない一撃だった。
「じゃあな」
 そのまま、そそくさと会場を出て行く男を睨みながら、レスターは自分もまた後に続くべく足を進ませる。その背を、慌てたような声が叩いた。
「ちょっと待て」
「なんですか?」
「君には悪いが、控え室に戻る暇はない。あとふたつ試合が終わればまた君の出番となる」
 さすがに眉を顰めて呼び止めた男を見遣る。別の組の審判をしていた男だ。
 なるほど、とレスターは内心で舌を打った。第三戦が終わればいよいよ、勝者は十六人に絞られる。その前に一旦休憩時間が設けられ、その間に石畳が取り替えられ、試合を行う場は二つに変更されるのだ。
 つまり、四つの場それぞれがだいたい同じ時間に終了することが望まれる。他の箇所では既に第三戦が進行しており、それなりに試合が消化されてしまっている以上、レスターの次の試合がすぐに迫ってしまうのは如何ともしがたいことなのだ。
「第三会場に移動してくれ。水はこちらで用意する」
「判りました」
 抗うだけの時間が惜しい。思い、素直に指示に従ったレスターは、その僅か十分後にひどく後悔することとなる。

 *

 審判の向こう、人混みに隠れて見えなかった相手を見た瞬間、レスターは激しく顔をしかめることとなった。
 誘導されるままに中央に赴き、声のと届く範囲になってから、ため息混じりに呟きを零す。
「……君か」
「知らなかったのか?」
「そんな暇はなかったさ」
 肩を竦め、レスターは対戦相手、――クリストファー・レイを真正面から見遣る。
「まぁ、同じ組の中に居たんだ、ここまで残れば当たる確率も高くなって当然だろうな」
「ああ」
 下手をすれば第一戦で当たっていた可能性もあるのだ。おおよそ三十人ほどに減った今なら、誰かしらの意図というよりも偶然と言った方が正しいだろう。
 いずれにしても、ここまで来た以上、戦うより他はない。
(台に乗る前なら、棄権という手もあったが……)
 この試合の結果は、おそらくクリストファーの今後に大きく影響するだろう。更に次の試合、会場がふたつになった後は、それ以前よりも遙かに注目を浴びる。そこまで勝ち残ったこと、そこでの戦いぶり、昇進を目指す者達にとって、どれもが実力を示すふたつとない機会となるのだ。
(特に、事故に遭うまでの状況への『やりなおし』のかかっているクリストファーには、な……)
 剣を構えながら、レスターは強く顔をしかめた。体は重く、精神的にもやりづらい。
「はじめ!」
 審判が声高らかに告げる。わ、と近くの観客席から声が上がり、温度を伴わない熱気がふたりに絡みついた。
 最初に、クリストファーが間を詰める。充分に体重の乗った一撃を躱し、レスターは構えのままに鋭い突きを放つ。キン、と切っ先が散らした火花を目で追いながら範囲の狭い攻撃を繰り返せば、クリストファーは大きく後退をした。
 巨体に似合わぬ素早い動きではあるが、第二戦を共にした男ほどではない。
(どちらかといえば力押しタイプだが)


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