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 ユアンは飛鳥に対しては申し訳なさそうに、だが、どこか自嘲にも似た笑みを浮かべた。
「周りの方も、どうしようもないんですよ。それは、『黒』に対しての感情だけでなく、一般的な才能、能力にも言えることです。……貴方のいた世界は、能力を伸ばすも伸ばさないも、努力次第だったのですね」
「どうかなー……。まぁ、そうですね。元々の才能とか、性格とかで限界はありましたけど。絶対どうしようもないってレベルじゃなかったと思います。超一流を目指さない限り、努力次第だったかも知れません」
「そうですか。しかしここは皆、生まれたときに全部決まってしまってるんですよ。それは、多少は、努力や工夫次第でなんとかなりますが、向かない方向には、全く手の施しようがないほどに。決定的な差というよりも、出来ないことは絶対に無理なのです」
 その言葉に眉根を寄せ、首を傾げた飛鳥に、ユアンは緩く首を振ってみせた。
「そのあたりも、今夜、殿下から聞いてみて下さい」
「そうやって、何で話すのを嫌がるんです?」
「嫌がっていると言うよりも、説明しづらいんですよ。なにせ私たちは、生まれたときから、理屈ではなく知っていることですので」
「じゃぁ、なんでジルギールが話すんです?」
「彼が一番、知っているからですよ。今日まで待ってもらったのは、実際に体験してもらうほうが早いと判断したからでしょう」
「体験?」
 頷いて、ユアンは僅かに目元を歪めた。賑やかに歩きすぎる人波を見つめ、短くため息を吐く。
「夕方、殿下を迎えに行けば判りますよ。それより、今は街を歩くことを楽しみましょう」
 無理矢理話題を変えたような強引さに、飛鳥は肩を竦めて頷いた。思えば今更とも言える。あと半日程度で判るのだ。食い下がるほどのことでもない。
 気分を変えた後のユアンの案内は、巧みだった。飛鳥がそれとなく興味を示した物を、言うより先に気付いて説明を口にする。人型の生物の使う道具は所詮似たようなものになるのか、全く使用用途の判らないものは少なかったが、やはりそれなりに、この世界独特の文化が根付いている。
 特に、「術」――所謂魔法を利用した品々だけは、飛鳥には理解不能だった。なにせ、元の世界にはない能力である。
「え、ちょっと待って。なんでそこから火が出るの?」
「どうと言われましても」
「握っただけですよね? 『ファイヤー!』とか言ってないですよね」
「何ですか、そのかけ声」
 笑い含みに言い、ユアンは手に握っていた筒型の装置を飛鳥手渡した。
「簡単な術ですよ。あなたにも出来るはずなのですけど」
「えー? どうやってやるんですか?」
「どうやって、と言われましても」
 苦笑と困惑をない交ぜた表情で、ユアンは頬を掻く。
「アスカは、どうやって息をしているのですか?」
「え?」
「どうやって、腕を動かしているのですか、でもいいですよ」
「どうやって、って……。腹式呼吸は横隔膜を収縮させて、胸式呼吸は肋間を広げて」
「おうかくまく? ですか? まぁ、それはどうやって収縮させるのです?」
「そんなの、そう思えば勝手に……って、ああ、そういうことですか」
 人間、いちいち呼吸するのにどこそこの筋肉を動かして、などとは考えない。息をしようと思えば、病気でない限り自然に体はそう動く。ユアンたちの使う「術」もそういうものなのだろう。
「じゃぁなんで、私は使えないんですかね? この世界に連れてこられたときに、体もこちら仕様になってるんですよね?」
「私たちでも、使える術とそうでないものがありますが……、召喚術のことはまだ調べている最中なのですが、アスカがそう説明を受けているのなら、某かは使えるはずなのですが」
「それって、術って、何でも出来るんです? 光出したり、風をおこしたりとか」
「それは出来ますよ。けれど、無意識に使う分にはたいしたことはできません。例えば、今そこにある道具を粉々にすることは可能ですが、元の形に戻すのは不可能です」
「自分が浮いたりとかは出来るんですか?」
「やろうと思えば出来るかも知れませんが、調整は難しいと思いますよ。厳密に言えば、物を浮かす、ということは不可能なんです。軽い物を下から煽ってやれば、浮くでしょう。それと同じで、風の強さと方向を調整して物質に与えることで、結果的に浮かせているだけです」
 何でも出来る超能力というよりは、自然現象の応用に近いようである。
「まぁ、複雑な術になると専門で習わない限り使えませんが、……どうです? 使えそうな気にはなりませんか?」
「うーん?」
「言葉と同じかも知れませんね。喉から音は出ても、言語を知らなければそれは音でしかない。反対に、幼少時から聞き続けてきた言葉は、いちいち何語を話そうと思わなくても言葉になる、という具合ですか」
「あー、そうかも知れませんね」
 ゲームの世界でしかなかった魔法が、現実のものとして手の届くところにある。コツを覚えれば飛鳥にも「術」の行使は可能なのだろう。そう思えば興味も好奇心も沸いてくるものだが、コツを掴むためのテキストがあるわけでもなく、ましてや、習得するに至るほど長く、この世界に留まる気は飛鳥にはなかった。
 早々に諦めて、肩を竦める。初めて訪れる世界、目移りするものはごまんとあった。
「ちょっと早めですが、お昼にしましょうか」
 香ばしい臭いに反応した飛鳥を見遣り、ユアンがさりげなく提案を口にする。無論、断る理由などなく、飛鳥は一瞬の間もおかずに頷いた。

 *

 城門の外、荒野のはるか遠くに落ちる陽が、行き交う人々の影を長く伸ばす。
 市場を一巡した飛鳥とユアンが待ち合わせの場所に戻ってきたときには、すでにふたりの男が手持ち無沙汰に待ち呆けていた。ラギは別れたときと同じ姿であったが、オルトの方は、巨体の側に一抱えもありそうな袋を三つ、新たな荷物として加えている。
「遅かったな」
「あなた方が早すぎるんですよ」
 約束した、閉門の時間には、まだ余裕がある。唇を尖らせて、ユアンの言い分が正しいと暗に認めたオルトは、話題を変えるように飛鳥の方に向き直った。
「ほら、これ、あんたの荷物」
 人好きのする顔で笑い、新しく増えていた荷物のうちのひとつを、飛鳥の腕に抱えさせる。見た目に反して重さはなく、袋の上からでも、それが何であるのか判別するのは容易だった。
「もしかして、服、ですか?」
「そーそー、服と防塵マントとか、一式。ま、俺の趣味で買っちまったから、柄やなんやは勘弁してくれや」
「趣味……」
 知らず、ごくりと唾を飲む。その反応に、苦笑をしたのはユアンだった。
「大丈夫ですよ。男女兼用のなんの面白みも可愛らしさもない、実用一辺倒の服、というだけですから」
「あ、そうなんですか。良かった。私、元の世界でも、男物みたいな服の方が好きだったんです」
 あからさまに胸をなで下ろして、飛鳥は袋の中をのぞき込んだ。確かに、ユアンがフォローしたように、茶色だの灰色だのといった、地味極まりない色彩が目に入る。飛鳥としては、花柄やレースのフリルといった少女趣味でなければ何でも良い。


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