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「別名、『困惑の金』。良くも悪くも、数奇な運命を持つ者が多い」
 飛鳥としては、苦笑するしかない。どうにもこうにも、この世界に来て初めて判った「才能」が、数奇にも過ぎるというものだ。
「……それで、『黒』の別名が、『狂気の黒』ってわけか」
 うん、とジルギールはただ頷いた。
「『黒』の特徴は、万能? それとも規格外?」
「意味としては規格外、かな。どの色の持つ力も使えるけど、それ以外の力もある。だけど、危険も併せ持ってる。年を取る毎に力が強くなる。でもそれは体に溜まって、やがては器の方が耐えきれなくなって、精神を侵す。ちょっとずつ、狂っていく。だから、狂気の黒と呼ばれる」
「ジルギールは、今は少なくとも狂ってるようには見えないけど、それでも怖がられるんだ?」
「正直、『黒』がいつの段階で完全に狂うかは判らないんだ。『黒』が箍を外して狂うことは、暴走って単に言われてる。俺だって、今はまだ制御できてるが、滅茶苦茶怒ったりすると軽く暴走する。それを宥めるために、三原色のあいつらが旅に付いてきてくれてる。他の奴らじゃ、話にならない」
「力を、押さえ込むことが出来るってこと?」
「沈静化、だな。昔、初めて『黒』の暴走を押さえ込んだ奴らが考案した、特殊な術があるんだ。『黒』の力を抑えることの出来る『白』の力を模倣する術で、赤、緑、青が全く同等の力を出して『黒』に当てれば『黒』は一時的に力を無くす。まだ完全に狂う時期でなければ、それで正気に戻るはずなんだ」
「『白』、もいるんだ」
「静謐の青、慈悲の緑、勇猛の赤、狂気の黒、永遠の白。三原色の方は国に一人ずつ居るくらいかな。白と黒は世界にひとりで、黒の力は必ず男に顕れ、最強の力を持つが、狂う。白は女に顕れ、戦闘能力を持たない代わりに、強力な結界を作ることが出来る」
「結界って? 術ってやつの名前?」
「うん。突然変異みたいな術で、生まれ持った才能のある人しか使えない。三色のどの系統からも外れた力なんだ。例えば、防御術は身を守る壁や空気の層を作るわけだけど、結界は同じ防御系の術でも全く違う。何かで遮るんじゃなくて、その空間内を自分の支配下に置くことで攻撃を無力化できるんだ。俺も使えないから詳しくは説明できないけど」
「いいよ。詳しく聞いたって、多分覚えられないし」
 ただでさえ馴染みのない世界である。一般的でないことは、この際後回しにしなければ頭が煮えたぎりそうだと、飛鳥は慌てて両手を左右に振った。笑い、ジルギールは頷いて了解を示す。
「まぁ、そんなわけで、『白』の女が現れた場合、どこの国でも国を挙げて護るし、重要な役目に就ける。うちの国では、より強い結界を作ることが出来る人間が王位に就くから、『白』が現れたらその人が自動的に王位を得ることになる」
「なんか、特別なのはいいけど、大変そうだね」
「そうでもない。『白』の女は大概、飛び抜けて頭が良い。それに、無条件に皆に愛される。他の国が助けを求めてくる場合もあるから、『白』の女が王位にいる間はどこの国も大人しくしてる」
「助け?」
「言ったろ。狂って暴走した『黒』を、確実に止められるからだ。生まれたばかりの『黒』は、端から暴走してる。要求を満たしてやると大人しくなる、だが、世話を怠ったり、殺そうとするとそれを察して凶悪な力が働く。それでも、乳児の内は不意をついて殺すことも出来るし、大概そうやって存在を消されてるけど、たまに殺し損なったのが成長する」
 自分の事の癖に、ジルギールは淡々と語る。
「ある程度成長した『黒』はどんな病気にも罹らず、外傷も受けない。そうすると、『白』に頼るしかなくなる。『白』の力で『黒』の能力を禁じている間なら、『黒』は普通の人間と同じように傷つけられる。赤や青の術では、あくまで『黒』に正気を取り戻させる為のショック療法みたいなもんだからな。そこのところ、『白』は確実なんだ」
「……」
「どこかで『黒』が死ぬと、他の場所でまた生まれる。途切れることはない。だから『白』の女は、『黒』を殺すために大切にされる」
 静かな口調に、だが飛鳥は両手で自分の肩を抱いた。ジルギールは極めて淡々と話しているが、その内容は紛れもなく、彼自身への死刑宣告なのだ。時が来れば、狂い、暴走の果てに甚大な被害を及ぼす前に、殺される。
 飛鳥には、自棄でもなく、それを当然と受け入れている彼の生き方が痛い。表情から、その思いに気付いたのだろう。ジルギールはごく自然に笑い、軽く首を傾げてみせた。
「そうは言っても、まだ俺は運がいいんだよ。普通なら、生まれてすぐに殺されてる。俺はたまたま、『白』の王が叔母だったから、引き取ってもらえたし、本当なら国に置いておきたい人材の三人を旅に同行させてくれた。三人が一緒にいるからこそ、街にも入れるんだ」
 通常であれば、まともな旅など出来はしないのだと言う。ただ、はるか昔に、三色の供を連れた『黒』の男が、世界中の未開発の土地を旅し、人の暮らす版図を広げたという偉大な功績をもっているため、彼と同じ条件を持った『黒』だけは、どの街も入ることを拒めなくなったのだ。
「今までにも何度も旅に出てるの?」
「まぁね」
「気分転換……な、わけないか。何か、理由があるんだ?」
 行く先々で、歓迎されることはない。ジルギールの様子からすると、本国では幽閉生活、というわけではなさそうであるから、むしろそこから出ることの方がストレスとなるだろう。
 まだ知り合って数日ではあるが、彼がむやみに人を脅かすような人間でないことくらいは飛鳥にも判る。
「探してるものがあるんだ。ただ、アスカにはちょっと通じにくい事だから、詳しくは省かせてもらうけど」
 所詮異世界の者だからと、隠しているという様子はない。ここに至るまで、否、今でも飛鳥がジルギールを危険だと実感できないことと、根本を同じくすることなのだろう。ただ、その影響、或いはとばっちりでここへ連れてこられた飛鳥としては、若干の疎外感と不快感を禁じ得ない。
 飛鳥の複雑な表情からフォローの必要性を感じたのか、ジルギールは少し考えるように首を傾げ、再び口を開いた。
「『黒』の性質を持った女について、調べてるんだ」
「女? 『黒』は男にしか生まれないんじゃないの?」
「普通はね。だけど、伝説に近い話でなら、実例があるんだ。かつて一度だけ、『黒の守護者』と呼ばれた女が居たらしい。黒い髪と人並み外れた力を持ちながら、普通の『黒』みたいに狂わなかったとされてる。俺の祖国のグライセラを建国した王、『黒』の男と同じ時代の話だから、多分、同時期にふたり『黒』が居たんだと思う。ちなみに、歴代の王の系譜を信じるなら、正真正銘の『黒』である高祖は狂うことなく生涯を過ごしてる」
「……でもそれって、誇張された建国神話とか言われてない?」
「アスカは読みがいい」
「まぁね。推理小説は、謎を解きながら読むタチだから」
 言葉を深読みすることには慣れている。言うと、ジルギールは不思議そうに首を傾げた。どうやら、この世界には娯楽小説というのは殆どないらしい。本自体が、気軽に買える代物ではないのだろう。紙はあるが、印刷技術はそれほど進んでいない、という具合か。
 残念だ、と思い、飛鳥は苦笑した。そもそも、この世界で本が出回っていたとしても彼女には読むことが出来ないのだ。幾ら活字中毒の枠に入る彼女でも、元の世界に帰ることが目的である今、さすがに文字を覚える気にはなれなかった。
 話題を戻し、ジルギールは旅の経緯の続きを語る。
「グライセラは南の方の大国だけど、その時期に比べたら半分以下に版図が縮小されてるんだ。つまり、本来グライセラの蔵書になってないといけないような貴重な古書とか、口伝とかが、今は違う国になってる地域にも分散してしまってる」


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