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「確か、私を同行させてくれたのって、『基本常識を覚えるまで』ってことだったよね。でも、今の話からすると、その、私はセルリアの王宮目指してるわけだけど、その、最後まで一緒に行ってくれるってことでいい……んです、よね?」
 語尾が疑問系になってしまったのは、自信のなさの表れである。今の飛鳥のスタンスは、「条件付きで連れて行って貰っている」というものだ。一行の行動基準にまで格上げされる理由がない。
 いささか挙動不審な様子を見せる飛鳥に、ジルギールが目元の力を緩め、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ちょっと違うかな」
「え?」
「厳密に言えば、アスカに、俺たちの計画を手伝って貰うってことだ。だけど、アスカには悪い話じゃない。利害一致で協力し合うってことかな」
「どういうこと?」
「エルリーゼ王女を引っ張り出すには、金色の髪を持つ飛鳥に協力して貰った方が早い、と思ったんだ」
 確認するまでもなく、ジルギールたちの目的は「セルリアの金の者」。しかし、国を通しての正式な要請を行ったにもかかわらず、セルリアは身代わりという、すぐに露見する虚偽で対応してきたからには、それ相応の覚悟があると見なしても間違いはない。逆を返せば、圧倒的な大国を敵に回してでも、自国の姫を護るという立場を選んだのだ。ジルギールが直接、セルリア王宮へ乗り込んだとしても、姫を易々と渡すことはないだろう。
「力尽くで金髪の王女に会うことは出来る。だけど、そこに至るまでに軍の妨害が在ることは間違いない。奴らが勝手に阻んできて勝手に傷つくのは構わないが、グライセラの看板を持ってる以上、あまり無茶なことはやりたくないんだ。陛下に迷惑がかかるからな」
 かなりの飛び地であり、また国力に差がありすぎるため、宣戦布告のような扱いにはならずとも、他の国からの評価を下げ、立場を揺さぶることになりかねない。
「そこで、アスカを、――悪い言い方をすれば、利用させてもらう」
「利用? 無理矢理異世界から呼び出して身代わりを立てた酷い国だって、宣伝するとか?」
「いいや。それだと、アスカに同情は集まるかも知れないけど、セルリアにはさしたる非難にならないかな。もともとは、グライセラの、俺たちの要求の方が無茶苦茶なんだから。アスカには、エルリーゼ王女の役をやってもらう」
「役?」
「そう。アスカが寝た後、オルトが街を見回りに行ったときに、何人かにアスカのことを聞かれたらしい。『金髪の女はもしかして、エルリーゼ王女なんじゃないか』ってな。本人はどうも、王宮から外へ出たことはなく、王宮勤めのごく一部の者以外はお目にかかれないらしい」
「とりあえず、断定するのも拙いかなーと思ったから、曖昧に濁しといたけどな。反対にそれで、信憑性を増した感じもあったなー」
 思い出すように、オルトが宙を眺め顎を掻く。悪びれない様子に呆れながら、飛鳥もまた、遠くはない過去へと記憶の目を転じた。
 飛鳥自身も一度しか会ったことはないが、エルリーゼの高慢な態度や仕草を思い出す限り、王宮という絶対安全圏を出たことはないのだろうなと容易に想像が付く。一般庶民には、縁遠い姫だろう。そういう意味では、勘違いさせることは難しくない。
 だが、真似をするとなると話は別だ。共通点は髪の色のみ。あとは背格好が似ているとも言えるが、顔は比べる対象にすらならないほど美醜に差があるのだ。少しでも本人を見たことのある人物に出くわせば、一巻の終わりである。
「そんなに美人なのか?」
 言えば、オルトが行儀悪く口笛を鳴らした。睨み嗜めて、ラギはひとつ咳払いをする。
「真似をする必要はない。ただ、どうやらエルリーゼ王女が殿下の元にいるらしい、と伝わればいい」
「そうですね。アスカは別に演じる必要はありません。ただ、殿下に金髪の者が従属している様子というのを、セルリアの者に見せ、それが王宮の王女の元に届けば、向こうが勝手に事を起こしてくるでしょう」
「見たくもないほどの存在と、自分が共にいるなどという勝手な噂を立てられて、黙ってるはずはないからな」
 可笑しそうにジルギールは口の端を曲げた。若干卑屈な発言ではあるが、彼自身、この先に起こるであろう反応を考えて愉しんでいるふしがある。他の三人も、似たり寄ったりの表情だった。
 ある意味、趣味が悪い。――だが、効果的ではある。思い、飛鳥は肩を竦めた。
「騙すのはちょっと苦手だけど、何も言わないで向こうが勝手に勘違いするなら、悪くないよね」
「そうそう」
「それに私、もとはと言えばエルリーゼ姫の『代役』なんだから、姫の代わりにお城へ案内しますってのもありかな」
 飛鳥の屁理屈に、男四人は一瞬、目を丸くした。そうして、代表するようにジルギールが破顔する。
「じゃあ、そういうことで」
 今後しばらくよろしくと、飛鳥は同盟を組んだ気持ちでジルギールに手を差し出した。指先から飛鳥の顔へ、揺れる視線が移動する。だが、飛鳥は目を逸らさず、手を引っ込めようともしなかった。
 やがて、ジルギールは短く息を吐く。
「――よろしく」
 躊躇いと動揺を含んだその掌は、乾いていて、しかし、温かかった。


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