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「それは……」
「ええ。一行に付き従っていると噂の、金髪の女性を保護するためという名目でしたわね。しかし、その女性は、自ら一行と旅を共にしていると断定したとも。更に、王宮へ行くとも明言していたそうですわね」
 言い、鈴を転がすように笑う。
「おかしな言葉ですわね。セルリアに金髪を有するものはただひとり、エルリーゼ王女であったはず。なのに今は王宮にいらっしゃる様子……。この後に、我が国の者がご迷惑をおかけしたことに対する謝罪をと、女官長に王女のご様子をお伺い致しましたの」
 室内の空気が、ざわりと不快な波を持って揺れる。
 スエインは、密かに舌を巻いた。――この女、ただものではない。発言の裏には全て、覆しようのない証拠が存在する。
 加えて、持ち出し方もまた巧い。相手が逃れよう逃れようとするその先を、一瞬の差で回り込む。口にしようとした言い訳を先んじて制されるのは、発言後に反証されるよりも厄介なのだ。
 無論、簡単な交渉術ではない。だが、ひとたび流れを手にしたのなら、これほど効果のある手法もないだろう。
 周囲の苦々しげな渋面など一顧だにせず、グライセラ外交官は淡々と、ある意味しらじらしく言葉を重ねた。
「そうなると、わたくしごときには理解できかねる事態が生じることになるのですが……」
「……」
「今ここに王女がいらっしゃるのなら、『黒』とともにいた金髪の女性は何者なのでしょう?」
 続く言葉を予想してか、宰相の眉間に深く皺が刻まれる。
「そして、王女と面会したはずの『黒』は、なぜ彼女と共に王宮を目指しているのでしょう? 王女との対面は、先ほども申し上げましたが、グライセラから正式に書面でお伺いを立てましたし、それについて了承も頂いていたはず。一度諾とした事を、セルリアが違えるとも思えませんが、どういった経緯があったのか、愚鈍なるわたくしめにも判るようにご説明いだけますか?」
「……その女性のことと、『黒』が暴走しない理由とは、関係のないことのように思われるが、話を逸らすのは止めていただきましょう」
「あら。関係ありますわよ。ご存じないとでもおっしゃるのかしら」
 どこか不敵な笑みを浮かべたまま、可愛らしく小首を傾げてみせる。
「滅んだ街から逃げたセルリアの兵の証言ですけども。なんでも、城主どのは、『黒』と同行する少女の殺害を目論まれたとか」
「馬鹿な……!?」
「また、『黒』の不浄を滅さんと、まだ滞在中であるにも関わらず、火を仕掛けたとか。もちろん、作り話などではございませんわ。お疑いでしたら、証人を連れてきてもようございますよ。いずれも、セルリアの方ばかりですけど」
「……『黒』が火を放った可能性もありませんか」
「何のために、か、ご説明いただけますか? 想像で話しているわけではございませんのよ」
 グライセラ側の弁にも、多少の穴ぐらいは存在していただだろう。だが、それをそうと気づかせぬままに、彼女は会議室に流れる空気を支配していた。おそらくは、それが全てだった。
 ここに至り、少女然とした雰囲気が脱ぎ捨てられる。
「『黒』と言えど、何の理由もなく暴走はいたしませんわ。したとすれば、それは如何に三色の力を持ってしてでも止めることのできない、最後の暴走ですわね。しかし、今回は、街を吹き飛ばした後、しっかりと三色により止められておりますわ。つまり、理由のある暴走と言えますわね」
「……」
「であれば、暴走する原因を作ったものに非がある、とみる方が自然でしょう。……そこで、あなた方が逸らした話に戻らせていただきますわね」
「と、おっしゃいますと……」
「勿論、亡き城主どのが拘った、金髪の女性についてですわ。ただの同行者であれば、彼も気にしなかったはず。拘った限りは、そこに理由があるはずですわ。なにを答えるべきかお判りいただけないのでしたら、先ほどの質問を一字一句違えずに繰り返してもようございますわよ」
 いっそ獰猛な目で、グライセラ外交官は対面を眺め回す。
 ――完敗だ、とスエインは末席で諸手をあげた。セルリアが、難民への対応に追われている間に、グライセラに与えてしまった数日の猶予は、見事なまでに有効利用されて、牙をむいた。
 すでにこの場は、『黒』の与えた被害について話し合う場ではなくなっている。グライセラの示した情報が正しいことくらいは、セルリア側も判っているのだ。
(グライセラから調査団が派遣されるにしても、数日じゃ足りないと甘くみてたんだろうな)
 グライセラには、片腹痛い話だろうと、スエインは思う。確かにグライセラは遠い。だが、あえて人を派遣させずとも、すでに、もっとも近い現場に、有能な人材は存在するではないか。
 即ち、グライセラは回り道などせずに、黒の一行と連絡を取った。否、もしかするとはじめから、定期的に連絡を取り合っていたのかもしれない。
 それは、真相への直通路だ。それを知った上で、証拠を固めることは、いちから洗い出すよりも遙かに容易かっただろう。そして当然、真実を話すのであるから、後ろめたくも濁すことも何もない。色々と、グライセラに対し隠し事を抱えているセルリアとは、端から同じ戦場にはいなかったのだ。
 グライセラは、金髪の女性についても、詳細を得ているに違いない。その上で、セルリアの反故を責めている。国力差のある弱小国に対しても――いくら『黒』の関与することとは言え――誠実さを見せたグライセラに、詐欺に近い姑息な手段で応えたセルリア。加えて、『黒』の暴走の原因がセルリア側にあるとすれば、もはや、災厄への同情も得られないだろう。
 セルリアはグライセラから、『黒』の訪問を打診された時点で対応を誤り、更にはその対策に躓いた。
(やっぱり、禁断の召還術なんか、使うべきじゃなかったんだ)
 スエインの胸中は、苦い。だが同時に、セルリア人として、王宮に仕える者として、そうしてまでも、『黒』との対面を避けたかった気持ちは理解できる。
(どこまで、『黒』は俺たちを呪うんだ――)
 スエインの左に続く、頭垂れたセルリア人たちもまた、同じように思っているだろうこと、想像に難くない。眉間の皺を深くし、グライセラ外交官をにらむように見つめる宰相でさえ、どこか悲哀の色を湛えていた。
 陰鬱な沈黙。
 やがてはそれに耐えかねたのだろう。同席していた周辺諸国の代表者たちが、次々に取りなしの言葉を発言し始めた。その声に命をもらったかのように、議長が汗を拭き、顔を上げる。
「どうでしょう。ここらで一度休憩をとられては」
 何の解決策にもならない言葉はしかし、この場にはもっとも必要なものであった。一方的なグライセラの攻撃は、短時間にも人々に大きな消耗を強いていたのだ。
 セルリアの面々は力なく頷き、他国の代表もそれぞれの表情で同意を示す。グライセラの女は、ただ鷹揚に首を縦に振った。
 中断を告げる司会の声が響き、三々五々、重い空気の中を人々が席を立つ。スエインもまた腰を上げ、背後に立っていた部下に向けて顎をしゃくった。
「撤収、なさるので?」


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