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(幕間2)

 セルリア国ナルーシェの消滅は、遠く離れたグライセラにも広く知れ渡っていた。自国の『黒』が、という苦々しい気持ちを吐き出す手段として、より早く人の口を介して伝わった、という見方もあるだろう。
 王宮。おそらくは唯一『黒』を擁護するグライセラ国王は、王座にあって、今は深々とため息を吐いていた。目の前には、件のセルリアから戻ったばかりの外交官、ヒューバックが畏まった様子で立ちつくしている。
「……可哀想にな」
「はい。町はかなりの広範囲に渡り壊滅状態で、おそらく、再建されることはないでしょう。避難民も……」
「いや、そうではない」
 苦笑し、『白』ことエルダは僅かに目を伏せる。彼女が憐れみの言葉を向けた先は、セルリアの民ではない。
 彼女の甥、そして町の崩壊を導いた『黒』その人に向けて、である。
「蜂の巣を突いた者が、蜂に刺されて死んだとして、それは誰が悪いと思う?」
「……それは、自業自得としか」
「そうだろう。突いた者が莫迦なのだ。お前たちは、そいつらを哀れむのか? 本当に可哀想なのは、何もしていないのに突然攻撃された蜂の方だぞ」
 言わんとしていることを察したのだろう。なんとも言えない様子で男は口を噤み、そして返答を避けた。記録を取っている別の官吏は、話題に加わることを避けるように、紙面に目を落としている。
「……まぁ、どちらにせよ、物資援助は必要だな」
 エルダもまたそれ以上の言及は避け、別の話を口にした。
「すぐにでも、セルリア周辺の友好国を通じて送れ。出し惜しみはしない。詳細は北方の備蓄管理官に任せる。たたき台でいいから、最大どれだけ出せるかをすぐに報告しろ」
「はっ」
 控えていた官のひとりが飛ぶように去っていく。見届け、エルダは視線をヒューバックへと戻した。
「それで、クローナは予定通りに向かったのだな?」
「はい。……ですが、よろしかったのでしょうか」
「何が、だ?」
「クローナ様は……」
「問題ない。アスカという女がジルギールに同行するなら、彼女を守る必要がある。ジルギールが暴走したときには、他の三人が完全にそちらにかかりきりになるからな。女同士、且つ守りにおいてクローナに敵う者は滅多にいまい。」
「その通りですが」
「それに、……少し嫌な予感がする。念には念を入れておいた方がいい」
「……それは、再び、いえ、最期の暴走が起こる、と?」
「もともと、そう時間はない。だが、まだもう少し余裕があったはずなんだがな。……セルリアの頑なな態度が気になる。今後も阻む気であるなら、可能性は高くなる」
 ヒューバックは、ぞっとしたように体を震わせた。
「状況によっては私も出る。警戒は怠るな。他の偵察にも伝えろ」
「はっ」
「承知」
 蒼褪めた顔で頷く官吏たちを見回しつつ、エルダは深く椅子に座り直した。
 彼女には、もうひとつの危惧がある。
(……女、か)
 見た目も何もかもがごく普通の女だと報告には入っている。だが、『黒』を恐れないという不思議な女の存在は、確実に『黒』の心を乱している。幼少時から常に冷静であれ、と教育し続けていたジルギールが今回、火を放たれたという程度で暴走したのはそれが原因だろう。
 他人を思う気持ちから来る感情の昂ぶり。――明らかに、『黒』はそのような感情を持つことには慣れていない。不当に傷つけられる原因を作っているのが自分であれば、尚更だ。
(滅多なことは、しないでくれよ……)
 眉根を強く寄せ、エルダはセルリアの民へと、そう願った。



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