散々考えた挙げ句、飛鳥は自分の考えに向けて短く自嘲した。単なる偶然を運命、或いは必然と結びつけることを、時として妄想と呼ぶ。
「アスカ?」
不思議そうな声に、飛鳥ははっと意識を現実に戻す。言葉を途中で止めていたことを思い出し、取り繕うように続きを口にした。
「どんな木って言われても判りませんけど、いろんな木の樹液で試してみれば、似たようなのはあるかもしれません」
「伸びるって、どれくらい伸びるんです?」
「種類にもよりますけど、もとの長さの三倍くらいは伸びると思います」
「それは、あればかなり便利ですね」
「単純な作りのもの何ですけどねー。それさえあれば、この髪の毛だって……」
手櫛で髪をかきよせ、後ろにまとめてみせる。
「緩むのとか気にしないでなんとか……あれ?」
言いかけ、飛鳥はふと手を止める。不思議そうに、クローナが後ろから飛鳥を覗き込んだ。
「どうかなさいました?」
「いえ、……あれ?」
今見つけたものを探すように、量の多い髪を横に垂らす。そうして、すぐにそれを見つけ、飛鳥は驚きに目を丸くした。
「クローナさん、これ……」
「? 何かありまして?」
何事かと、ユアンが興味深そうな目を向ける。後ろからかがみ込んできたクローナに、飛鳥はその見つけた髪の一束を指し示した。
「ほら、ここのあたり、色がないんです。でも、白じゃないんですよね。透明ですよね、これ」
「……」
「もしかしてこれって、いわゆる白髪ですか? あ、私のいた世界じゃ、年をとったりすると、髪の毛が白くなるんです。でもここじゃ、白って特別ですし、そうはならないですよね? もしかしてここじゃ、だんだん色が抜けて透明になるのかなー、って……」
発見と思いつきのままに、一気にまくし立てていた飛鳥は、返答はおろか、相槌さえ打たないクローナに気づき、眉根を寄せた。
「……あの?」
凍り付いたような沈黙に、飛鳥はおそるおそる声を絞り出す。
「あの、私、変なこと言いました?」
「え……」
「なんか、凄い勘違いな事言いました? その、私の世界じゃ、まずあり得ないことなんで、ちょっと興奮したみたいで、その……」
取り繕うような、しどろもどろの言い訳に、クローナははっとしたように目を見開いた。同時に、彫像のように固まっていたユアンがぎこちなく息を吐く。こころなしか、ふたりとも顔が青い。
「クローナ」
何をどう言えばいいのか判らず、ふたりに交互に目をやっていた飛鳥は、その冷静な声の方に救いを求めるように顔を上げた。
「アスカが困っている」
「あ……」
「アスカ」
さっと顔を赤らめるクローナを脇に、ラギが飛鳥へと向き直る。
「それは、力が非常に消耗されたときに起こる現象です」
「え? この、透明の髪が、ですか?」
「その通り。髪の色は力の方向性と強さを表すもの。極度に消耗した状態が続くと、そうして色が一時的に抜ける。滅多に起こる現象ではないが、つまりは、それだけアスカが疲労の限界にあるということでしょう」
「そうなんですか?」
「そ、そうですわ」
掠れた声でクローナが肯定を口にする。
「申し訳ありませんわ。アスカにそこまで強行軍を強いていたと気づけなくて、ショックでしたの。情けないことですわ」
「や、極限ってほどに疲れてる感じじゃないですけど」
「慣れない世界、環境に緊張が続いて、疲れに対する感覚が鈍磨しているのだと思いますよ」
クローナに遅れて復調したユアンも同意を示す。
「せめて、屋根のあるところで休めたら、まだ違うのでしょうけど……」
「い、いえ、いいですよ、そんなの! 無理についてきてるの私の方ですし! 今でも、特に戦ったりできませんから、見てるだけで、一番楽させてもらってますし。その、十分ですから!」
無理矢理連れてこられた異邦人に対し、償おうとしてくれている気持ちはありがたいが、気を使われすぎるというのも居心地が悪い。
「その、ですね……」
「おーい、何やってんだ?」
通りのいい声をもって割り込んできたのはオルトである。先行していたが、後続の遅さに痺れを切らしたのだろう。
それを救いと見て取り、飛鳥は簡単に説明することで助けを求めた。
「はーん、なるほどなぁ」
苦笑し、オルトはクローナを見やる。
「悪ぃな、アスカ。こいつ、基本的に上流階級ばっか相手してるもんだから、至れり尽くせりに過ぎんだよ」
「オルト!」
「正直、俺らにゃ、アスカに間接的に負い目がある。だけど、アスカもちゃんと我を通してる。立場はほとんど差し引きゼロだから、あんま、腫れ物扱いしてほしくねーってことだろ?」
正に的確な指摘に、飛鳥は大きく頷いた。それを見て、クローナがため息を吐く。
「……わたくし、お節介に過ぎましたかしら」
「悪いことじゃねぇよ。ただ、人にやってもらって当たり前のお坊っちゃんお嬢ちゃん相手とはちょっと違うんだ。かといって、取引相手やディベートで叩きのめす相手でもねーし」
「でも、アスカは……」
「友達っぽくやってやりゃー、いいんじゃねぇの?」
大雑把でがさつではあるが、粗野ではない。そういった、飛鳥の記憶にあるオルトの人物像に、案外人を見ているという但し書きが加えられた。
珍しくも反論の言葉を失ったままクローナは、更に深々と息を吐く。婚約者の言葉に反省点を見いだしたか、少しばかり肩が落ちていた。
「……それはともかく」
例によってどこまでも温度を感じない声で、ラギが口を挟む。
「疲れているというなら、敵に遭わないうちに進み、早く休む方が有効だろう」
一番もっともな科白に、四人は揃って苦笑いを浮かべた。
*
たき火の炎が小さくはぜる。
必要以上に周囲を照らさないように瓦礫で覆われた、その隙間から見える橙色の灯りを見つめながら、飛鳥は浅い眠りの淵に落ちようとしていた。冷たく堅い土に身を横たえることも、獣毛織りのごわついた外套にくるまることも、さすがに慣れたものである。
[戻]
[目次]
[進]