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(幕間3)

 揺れる炎。夜の闇が人を惑わすように、人の迷いが心を苛むように、不安定な光と影を作り出す。
 手元で捲られるカード、その結果を読み、レオットは眉根を寄せた。
 ――凶兆が見られる。
「どうだ?」
 普段の、否、生来の気の強さを潜めた声が、性急に結果を求める。苦笑し、レオットは誤魔化すように微笑んだ。
「分析が難しいですね。君や『黒』の未来を読もうとするといつも滅茶苦茶な結果になりますから」
「ジルギールに助言を出したのはお前だろう」
「ですから今、大がかりな占術が使えず、君の部下から小言を毎日食らってるんですよ」
「それでも、はっきりとは視えなかったのか?」
「能力が大きいと言うことは、ひとつの事象に対し、多く可能性を秘めているということなのです。定まらない未来を読むことは不可能だと、前にも言ったはずですが?」
 情報の分析という名の予測に優れた、『白』の王は、普段はけして占いなどに事を頼ることはない。それは王という立場にあり好ましいことには違いないが、『黒』、こと、甥であるジルギールに関する事については、その多分に含まれないようだった。
 それほどまでに世界が『黒』を縛ることは多く、エルダにもどうしようもないのだろう。はぐらかされたと気付きながら、あえて突っ込むことはせずに、普段部下の前では絶対に見せない顔で項垂れる。
「……私が、あの子を引き取ったのは間違っていたのだろうか? 私はあの子に、辛い事ばかりを強いてるのではないか?」
「姉さん」
「あの子は何も言わない。生きてれば、欲求のひとつやふたつ、あって当然だろう。なのにあの子は、何一つ我が儘も言ってこないんだ」
「旅に、出してあげてるじゃないですか」
「旅だなんて、そんな呑気なものじゃない。私にも、あの子の本当の目的が判らない。ただ、それは絶対に、自分自身の為にやってることじゃない……」
「ジルギールは、自分のこと、……『黒』について調べてたんじゃなかったんです?」
「私もそう思ってた。『黒』の過去やかつての事象を調べることで、少しでも力を抑制したりすることができるようになりたいんだと思ってた。だがそれなら、もうあと一年と正気が持たないと確定した今になって、また旅に出るか? しかも、お前に頼ってまで、だ」
「……それは」
 確かに、レオットもおかしいとは思っていた。それでも、ジルギールが生きたいと願っての行動だと思っていたのだが……。
「『黒の守護者』など、本当にいると、思うか?」
「かつては確かにいました」
「何故、判る?」
「私という存在があるからです」
「どういうことだ?」
「すみません。これ以上は言えません」
「何故だ?」
「……それが、約束だからです」
 頑なに答えを拒むレオットに、エルダは諦めたようだった。そも、この問答は、レオットが『白』の力を持った男でも極めて薄い髪色の者でもない、奇妙な存在であると発覚した10才ごろから、数えるのも莫迦らしいほど繰り返されている。
「では、『黒の守護者』はいるのか?」
「今はいません。つまり、ジルギールが在命中に彼の前に現れることはないでしょう」
「なら、何故、セルリアの金を求めよ、などと助言したのだ」
「……わかりません。……ただ、そう、なぜだか強烈に、あの子をそこへ向かわせなくては、と思ったのです」
 支離滅裂な、何の答えにもなっていない返答に、エルダは眉を顰めたようだった。言葉にしては何も言わず、ただ責めるようにレオットを見つめくる。
 だが、レオットは嗜めるように緩く首を横に振った。答えられない、判らない、その違いはあれど、その理由は結局、先ほどの問答の同じ答えに帰すのだ。
 どうしようもない。人はけして、”神”にはなれないのだから。
「……ただ、見守ってあげましょう。どんな結果になろうとも、ジルギールがけして諦めず、精一杯生きたことを忘れないように」
 カードに出た結果を思い、レオットは目を、見えもしない遠くへと向けた。


 彼らが新たな『失黒』が現れたと知るのは、それから半日後のこととなる。


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