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「ただ、殿下の方法には反対です。軍の施設を襲ったとすりゃ、情報は俺たちよりも速く、アスカの捕らわれている地に届くはずです。そうなりゃ当然、殿下が情報を得た得てないに関わらず、念のためにもアスカは移動させられる。いつの間にかいなくなった、馬みたいな変な生き物を使えば、いくら殿下が馬鹿みたいに速く走ろうと、追いつけやしません。それに、次はありません。今度こそ、行き先を言わずに去るでしょう。そしたら殿下、あんたは次は、どうやってアスカの行方を探すんですか?」
「……」
「それより、王都にこのまま進むべきです。時間がないなら、出来る限り最速で進む。そうすりゃ王都の偉方が、慌てて『失黒』の出番を要請するでしょう。そういう意味ではけして、王都から離れた場所には運ばれてないはずです。なら尚更、王都の方に進むべきです。アスカを助けるんだって、寄り道するほうが、奴らの思う壺だと、俺は思います」
 オルトは、策略を巡らせるのが得意ではない。基本的には楽観的で、単純ですらある。だがそれは、馬鹿である、又は短絡的であるということには直結しない。彼は時に恐ろしく簡単に、物事の本質や結論への最短の道を見抜く。その資質が表に出るのは、主に周囲が本筋から逸れて悪い方へと流れていくときで、つまりは今がその時だった。
 オルトの発言で流れ込んだ風を受け、ラギは勢い、髪を混ぜるようにかき上げる。
 セルリアの王都が、否、王族が心底『黒』を拒絶するなら、飛鳥を説得し得ないまま、無理矢理にでも『黒』の到着を阻むために連れて来るに違いない。それこそ、飛鳥と最も速く対面する方法だと、オルトは告げた。確かにそれなら、ジルギールの本来の目的を逸れることなく、且つ、彼の現在の意志に反することもない。折衷案とも言うべきだが、それ以上の妙案はないだろう。
「……オルトの案でしたら、私に異存はありません」
 同意を示し、ユアンを振り返る。ユアンもまた、目元の力を緩め、緑の髪を縦に揺らす。
「私はもとより、グライセラと陛下に傷が付かないのであれば、アスカを追おうが王都を目指そうが、どちらでも構いません」
 ユアンらしい、とラギは苦笑を返す。
 クローナは、と目を向ければ、彼女もまた小さく首肯した。
「……殿下」
 促せば、ジルギールは強く眉根を寄せた。彼としてはやはり、飛鳥に無理が強いられるまでに救いたいのだろう。だが、オルトが前半に語った言葉が正鵠を射ているとも理解している。
 やがて、ジルギールは苦い声を吐き出した。
「……判った。王都へ行く。ただし、アスカが捕らわれている場所が判ったら、俺はそっちに行く」
 言い、ジルギールは歩き出す。足は町ではなく街道の方を向いており、――譲歩か妥協か、少なくとも、強引な手に出る気は収めたようである。
 誰ともなく長く深い息を吐き、荷物をまとめて彼の後を追う。
 冷たい風と共に落ちてくる闇の気配に天を仰ぎ、ラギは幾ばくかの感傷と共に、この場にはいない女の姿を思い浮かべた。



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