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「どちらが優れているなどという問題ではない。だが例えるなら我々は鉄であり、あの女は粘土であった。似たような形状のものを作ることは出来ても、別の物質である以上、全く同じにはならない。それは極限まで分解しても同じこと。足らない部分は作ることが出来ない。だからあの女は、姿形こそ同じであれ、中身が違う。術という概念がない世界から来た者は、それにより生命を支えているこの世界では生きられない」
「それなら、足らない部分を足してやれば、いえ、定期的に治癒を施せば、生きながらえるのではないですか」
 グエンの言葉が正しいのであれば、女はこの世界に召還された直後に息を引き取っていたはずだ。外部から力を足すことができるなら、そうしてやればいい。
 スエインの反論に、だが、グエンは、余裕或いは哀れみをもった目つきで嗤った。
「お前の言う事と合成することと、何が違うのだ?」
「なっ……」
「女の体に我々の言う術を組み込むのは、合成の一種だ。召還された時にすでに、術者たちによりこの世界のモノと混ざっていたのだとすれば? 今から何をしようと大差ないのではないか?」
「しかしっ、」
「違うか、――ルエロ]
「!?」
 不意打ちとも言える呼びかけに、スエインは慌てて、否、ほぼ反射的に跳び退いた。突如現れた人の気配に、頭より先に体の方が反応した結果である。
「たちの悪い男だ」
「呼びつけたのはそちらだろう」
 旧友の語らいと言うにはいささか剣呑な応酬の間に、スエインは努力して息を整える。激しい動悸を抑え込むために深呼吸を繰り返し、その合間に彼はじっと現れた男を観察した。
(――術か)
 気配や、微細な音を消す術でも使ったのだろう。術者にかかれば何でもありだと感心する一方、それが人の手には余る事象をも可能にさせるのだと思いだし、気を引き締める。
「それで、何用だ」
 忙しいのか無駄を嫌うのか、表情の筋肉を動かさぬまま、ルエロは促すように用件を問うた。
「獣の予備はないぞ」
「いや、違う。お前、今、『失黒』の治療に当たっているだろう」
「それがどうした」
「あれを、『黒』に対抗できるように合成してくれ」
「団長!」
「黙れ」
 有無を言わせぬ言葉、そして威圧感に、スエインは反射的に非難を飲み込んだ。
「――『失黒』の体があればいい。獣のように、外部から制御できるように合成できるだろう」
「そんなことか」
「なに?」
「もう済んでいる」
 一瞬、スエインは言葉の意味が飲み込めずにぽかんと口を開けた。頭の中で反芻し、ようやくのように遅れてその意味を理解する。
(済んだ?)
 治療が、ではない。
「ちょっと、待ってくれ!」
 上官の前であることも忘れ、スエインはルエロに詰め寄った。
「俺は、治療をしてやれと頼んだ。それがなんで、合成なんて真似に変わるんだ!?」
 咄嗟のことに、丁寧に話すという余裕も失われている。これまで、一流の術師であることを考慮していただけで、本来、スエインの方が遜らなければならない、というわけでもないのだ。
「君はグエンの話を聞いていなかったのかね?」
「それとこれと、どう関係がある」
「やれやれ、思った以上に頭が悪い。いいかね、君はあの女を治療しろと言った。だが、彼女は通常の体ではない。治療をするということは、合成すると言うことと同義なのだよ。彼女がこの世界で生きられるように力を足すと言うことは、他者の力を彼女に組み込むということだ」
「ふざけるな! それは、女が世界に馴染むようにした処置であって、今お前がやったというのは、改造だろう。どこが同じだ!」
「どちらも合成だ」
 引くことのない断定に、スエインは言葉を詰まらせる。
「目的に合わせて、完成図を変えただけだよ。彼女がこの世界にやって来たときには、不自由がないようにと言葉の知識を与えた。今度は、『黒』と戦うために不自由ないように力を与える。どこが違うのかね? 言っただろう。『黒』への対策として呼ばれ来たのなら、最後までしっかり役に立ってもらわねば困ると」
 ルエロの言葉に同意を示すように、グエンもまた大きく頷いた。スエインに表立った非難を向けているわけではないが、何故そんな簡単な論理が理解できないのかと訝しむ目つきである。
 スエインは唇を噛む。こういったやりとりは、人間にとっての永遠の争点のひとつなのだろう。大のために小を捨てるか、小の為に大を逃すか、――人は自分が小に含まれない限り前者を選び、自らの身に及ぶと後者を選ぶ。グエンたちにしてみれば、異世界の女こそ、何の拘りもなく切り捨てられる駒として最上の小なのだ。
 それでもスエインには、グエンたちと同じ立場にありながら割り切れないものがある。要するに話はどこまで行っても平行線。力関係でいえば、スエインの方がねじ伏せられること、火を見るよりも明らかだ。
 だが、頷きたくはない。
 その頑なさに呆れたように、ルエロは短い息とともに大きく肩を竦めた。
「仕方がない」
 言い、入ってきた扉の向こう、狭い通路へと手を差し伸べる。
「来なさい。――本当は、見せるだけに止めようと思ったのだがね」
「なにを……」
 噛みつきかけ、スエインはぎよっとして目を見開いた。
 ルエロの手に導かれるようにして、『失黒』が歩き来る。
「元気になっただろう。昨日は指一本動かせなかったはずだがね」
「……」
 確かに女の顔に、苦しみの影はない。だが同時に、他の何の表情を浮かべてはいなかった。
 歩いている姿を見るだけなら奇跡的な回復、しかしそれをさして自慢にするでもなく、ルエロは低い声で命令を口にした。
「さぁ、彼にご挨拶だ。――『攻撃展開』」
「!?」
 彼、と指名されたスエインには正直、驚く暇もなかった。
 頷くこともせず、ひと動作。『失黒』の女が腰に履いていた剣を迷いなく抜き放つ。
 殺気はない。だが、直感が、スエインの利き手を柄の方へ走らせた。
 見透かしたように、女が金の髪を後方になびかせる。そうして彼女は、一気にスエインとの間合いを詰めた。
「!」
 鋭い風圧。スエインは反射的に剣を突き出した。直後、激しく火花が散る。取って返す剣先、次の構えを取る前に、すでに女が肉薄している。


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