[]  [目次]  [



「聞かれたでしょう? 『お前は居てはならない存在だ。だが、役目を持つなら生きることを許してやろう。お前はこの世界で何を担って生きていくのだ』と」
「それは……」
「ご心配なく。我々は世界の秘密を共有しているからこそ、こうして理について話すことが出来るだけです。証拠に、ご覧なさい。あれだけ耳の良いジルギールが、困惑したように心配した目を向けてますよ」
 指させば、飛鳥は素直にその方を向いた。ジルギールはエルダの話など聞いてもいない様子で、急接近したふたりをしきりに気にしている。
 さすがに、嫉妬にまでは昇華していないか、と内心で舌を出しつつ、レオットは忍び笑いを漏らした。
「失礼ですよ。……でも、本当に聞こえてないんですね」
「極秘事項ですから。どんな偶然でふたりめの『白』や『黒』が作られるか、君も気付いているでしょう?」
 後天的に『黒』となった飛鳥が、一番よく判ることだろう。強ばった表情で頷いたのを認めて、レオットは僅かに目を眇めた。
 本来存在するはずのないふたりめの『白』や『黒』を作る方法は、至って単純である。自分の力を持たない存在に、それらの力を大量に注ぎ込めばいいのだ。だが現実、力を持たずに生きていける者はなく、力を持たずに生まれてきた者は僅か数分で息絶える。
 術という力は、この世界を構成する要素なのだろう。それを持たない者が生きられる環境にはない。
 レオットは、本来ならば透明の髪で生まれ、すぐに死ぬはずだった。ところがたまたま二卵性双生児であったばかりに、母体を通して双子の片割れの力を共有してしまったのだ。飛鳥の方は、エルリーゼ王女の力が抜けた状態で、ジルギールの血と体液を浴びたことが原因である。後者はともかく、レオットたちの例は、そう稀少とも言えぬ頻度で起こっているに違いない、とレオットは思う。
 共有した力の源が『白』であったばかりに皆の目に止まる羽目になったが、実際には似通った力をもつ双子は数えるほどに存在する。そんな彼らが理の干渉を受けていないのは、『白』とは違い、同程度の力があっても問題がなかったためだろう。
「私が理に問われたのは、10歳の時です。さすがに乳幼児に役割を尋ねるわけにはいかなかったのでしょうね」
「何と答えたんです?」
「未来を知る力を望みました。ただ、それはさすがに、理も認められない力だったようで、制限を求められましたよ。私に見えるのは、幾つかの未来の断片だけです。そこからこの先起こることを推測しているのです。更には、自分のために力を使うことを禁じられました。他の者にアドバイスを与えるだけの、傍観者たれ、という具合です」
「……なにか、難しい感じですね」
「そういうアスカは、何を望んだのです?」
「私ですか? ……うーん、レオット様みたいにいろいろ考えての事じゃないんですけどね。ジルが平穏に生きていける手助けをしたいとか、そんな感じです」
「ああ、それで……」
 頷き、だがレオットはふと首を傾げた。
「少し判らないことがあるんですが」
「はい?」
「アスカがはじめにエルリーゼ王女の力と混ぜられたときと、ジルギールの時と、条件や方法は違いますが、要は他人のものをアスカに染みこませたという点では同じですよね? なのに何故、ジルギールの場合だけ、わざわざ理が干渉してきたのでしょう? いえ、理が現れるのは『白』と『黒』という、ひとりしか存在してはならない者の”ふたりめ”が出来てしまったときだけ、というのは判ります。だが、この世界に生まれ、力と肉体が初めから切り離せない状態である私とアスカでは、少し違います。いつか抜けていく力なら、役割など与えずに放置しておいても、世界としては問題なかったはずですが」
 あくまで「客人」の扱いでも良かったはずだ。与えられた力の量の差、という理由では腑に落ちない。
 困ったように頭を掻きながら、飛鳥は考えるように腕を組む。しばし悩み、十数秒後、自身でも半信半疑といった呈で彼女は口を開いた。
「私にもはっきり判らないんですけど、理が来たタイミングからすると、多分、私が力の仕組みに気付いたからじゃないかな、と思います」
「仕組み?」
「はい、『黒』が……で、……が……、……ということです」
「? 聞こえませんが」
「え? ……あ、もしかしてこれ、言っちゃいけないことなんですかね」
「そのようですね。なるほど、……ははぁ、判りましたよ」
「え、今ので、ですか?」
「はい。単純なことですよ。理は、少々早まってしまったんです」
「早まる?」
「そうです。アスカがその、”言ってはいけないこと”を知ってしまったのだとしても、その時点でジルギールは暴走まっただ中だったわけですから、放置しておけばすぐに『黒』もろともアスカや、まぁ、周辺に居た人たちも死んで、本当ならそれで終わったわけです」
 『黒の守護者』としての力がなくては、いくら『失黒』でも最後の暴走を迎えた『黒』を中途半端な傷で止めることはできなかっただろう。つまり、理が干渉しなければ、飛鳥の死は確実だった。
 本来なら、そちらのほうが無難な終焉であったはずだが。
「ただ、アスカが知ってしまったことに気付いた理は、過剰に反応し、アスカを制御するためにこの世界に組み込んでしまった。そして代償となる力を与えた結果、アスカはジルギールを止めることに成功した、というわけです」
「……ああ、そういう……。私が土壇場で気付かなければ、バッドエンドだったわけですね。じゃあ今頃、理は畜生とか思ってるかもしれませんね」
「そうかも知れませんね」
「まぁ、散々な目に遭ったわけですから、それくらいは融通してもらわないと」
 澄まして言い、次いで飛鳥は可笑しそうに笑い声を上げた。それを見て、レオットはほっと胸をなで下ろす。
 飛鳥は、家族の事や元の世界のことをあまり話さない。心配がないわけではないだろうに、努めて、表には出さないようにしているようだった。正直なところ、その我慢がいつか爆発しないだろうかとレオットたちは危惧している。
 そんな思いが、顔に出ていたのだろう。レオットの顔をまじまじと見つめた飛鳥は、僅かな沈黙の後、困ったように首を傾けて問うた。
「気にしてます?」
 抜けた目的語の示すところ正確に把握し、レオットは気まずさを覚えながら小さく頷いた。
「大丈夫ですよ。ジルにはたまに愚痴ってます」
「私たちに言ってもらっても、構いませんよ。できるかぎりのことはしますから」
 建前や社交辞令ではない。飛鳥の無くしたものは、それほどに大きいものだと思っている。
 言えば、飛鳥は今度こそ眉間に皺を寄せた。
「みんなそうなんですよねぇ。そりゃ、パソコン、ネット、ゲーム、漫画! ……とか、向こうの世界では普通に手に入って、こっちにはないものが欲しくなるときもあります。家族や仕事とかもどうなってるかな、って気になるときありますよ」


[]  [目次]  [