0.
”私は一度だけ、神を見たことがある”
今はただ風だけが吹き抜ける廃墟を、ひとりの男が歩いている。
崩れ、焼け落ちたまま放置されたその場所に、かつて王都であった名残はない。どこからか飛んできた植物の種子が芽を出し、唯一の住人であるように繁殖している。
男は、そんな自然に還ろうとしている道をゆっくりと進む。石畳に覆われた幅の広いそこは、大通りだったのだろう。真っ直ぐに、廃墟の中心を貫いている。
やがて男は立ち止まり、顎を上げて目を閉じた。さわさわと草木の揺れる音が断続的に続くだけの世界から、何かを聞き出そうとするように息を止める。
かつてそこは繁栄の中心であり、多くの者が行き来していた。喉を涸らし客を呼び込む商人、交渉に身構える客、屋根の下でうわさ話に花を咲かせる住民達。
多くの声が通りを賑わし、来ては去り、去ってはまた訪れる。
それはまだ、半世紀にも満たない過去の話。
”その時、神は言った――”
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