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 「緊急召還24時間」



「突然のこと、申し訳なく思っています! ですが、どうか、お力添えを!」


 何事、って思いました。はい。
 パニックになるとか怯えるとか以前に、なんじゃこらって思った私を責める人はいないだろう。
 10年間勤めている小児専門病院の夜勤を終えて、自宅に着いた途端にベッドへとダイブ。そして目を開けたらあの科白だからね。
 そんなわけで、
「なんだ、ただの夢か」
 日本にはまずないだろう、歴史ある教会のような空間を見回して、私は至極当然の結論を出す。
 変な夢見るなー、やっぱり疲れが酷いのかなー、旅行行きたいのかなー。最近いつも以上に忙しかったからなー。
 本当、インフルエンザの流行る時期は格別だ。まぁ、それでなくとも、親の仕事が終わってからとか、夜間なら空いているだろうからとかいう理由で、夜に受診に来 る人は多いのだ。だから夜間救急外来はいつもの通りてんてこ舞い。
 おっと、つまらんこと考えてたら、仕事の夢にチェンジしてうなされそうだ。
「ということで、おやすみなさい」
「え、って、え、え、え、いや、救い主様!」
 どこからともなく悲鳴のような懇願の声が響き、私はくっつきたがる上と下の瞼を無理矢理引き離す。
「どうか、どうか話を聞いてくだされぇぇぇ!」
「嫌だ、眠い、おやすみなさい」
「救い主さまぁ!」
 
 そんな問答が数回続き、さすがに眠気が脇に置かれた(去ったわけじゃない)後、私は改めて自分の居る場所と目の前の人たちを見回してため息をついた。
「で、何ですか。どのパターンですか。勇者ですか、巫女ですか、それとも間違い召還ですか」
「え、え、え」
「悪いんですが、その手の小説は読みたくってるんです。幸い威圧的なパターンじゃないみたいですし、やることやりますから、生活の保護お願いします」
「そ、それは話が早いというか、助かりますというか、なんと言いますか」
 目の前の皺の深い老人が戸惑っているのを見れば、幾つか判ることがある。
 ひとつめ、これは間違いなく異世界からの召還というパターンであるが、けして初めてではない。私の態度には驚いているが、外見的にこれといった特徴のない一般 人がやってきたにも関わらず、訝しげな様子がないからだ。「目的に沿った人物がやってくる」ことに確信を抱いているに違いない。
 ふたつめ、召還した人物に対する扱いはある程度心得ている。この場所の雰囲気、居合わせている人物、どれをとっても不必要に怯えさせるような環境にはなってい ない。如何にも人の良さそうな人物が遜った態度を取っているあたり、頭ごなしに無理強いする気はないのだろう。
 みっつめ、これは帰還可能なパターンである。理由は簡単。何回も召還している様子があるにしては、済まないと言いつつも罪悪感を抱いている印象がないからだ。
 そう思いつつ確認してみれば、概ねその通りだった。
 長ったらしい国の名前はともかく、現在、この国で問題が起こっていること。
 それを解決する手段はあったのだが、それがどうにも手詰まりになっていること。
 過去にも問題が起こる度に、一時的にそれを解決する者を招いていたこと。召還時間は24時間。時間が経過すれば勝手に元の世界に引き戻される。
 そして、招かれる者は必ず現状を打破する能力を持ち、且つ、召還可能な24時間、元の世界から消えても問題ない状態であること。

「そりゃ、2連休だったのは確かだけどさ」
 そして24時間と言わず48時間くらい用事も何もありませんけど、はい。……ちょっと、誰そこの、憐れみの視線を向けた人。私はねぇ、貴重な休日にテレビ見て、「 ちょっとお父さん、休みの日くらい家族サービスしてよ」と言われながらも岩のように動かないサラリーマンの気持ちが心底わかる人間なんですよ。休みとは寝て過ごすも のだという意見を曲げるつもりはない。
「それだけの時間でなんとかなるものなんですか?」
「はい、最大限自分たちで何とかした上での、その、やむを得ない救援依頼ですので」
 なるほど、けして他人任せにしようというわけではないらしい。そこはまぁ、好感がもてる。
「ですけど、本当はそうした問題を乗り越える案だの物だのを開発して、人類は発展していくものだと思うんですけどねぇ」
 できる者を招くのは確かに便利だ。だが、できないことをできるように工夫するその過程が世界を発展させていく。お節介な話だが、それはある意味問題ではないの だろうかと思って口にすれば、老人の横から別の人物が身を寄せてきた。
「救い主どの、そのお考えは非常に正しい事だと思います。しかし、我々が別の世界の方に頼るのは、そうした意味での問題ではないのです」
「?」
「例えば、です。これをご覧下さい」
 そうして、壮年の男が私に差し出したのは一枚の紙だ。ツルツルとしていて質が良い。そこに、子供の落書きのような謎の図が描かれている。
 意図を掴めず男に視線を戻せば、彼は神妙な顔でひとつ頷いた。
「ある化け物が出現したとします。追い詰めて、研究を重ね、化け物の核に銀で造った槍を突き立て、この呪文を叫べばいいとまで判ったとします」
「……」
「ところが、読めない。読めなかったんです。他に手がかりは全くありません。何故ならその化け物は突如空間をねじ曲げて出現したもので、研究に必要な類似するものが何一つないのです。頑張って翻訳をというレベルではないのです」
「……なるほど」
「その化け物が現れたときにも、最終的にこの呪文を唱え、倒せる救い主を招きました」
「ちなみに、なんと読むんですか」
「『グェシャギュユホアニュイェユゥビォラェビヴジェラピュピョィァッピゥベ』です」
「もう一度」
「『グェシャギュユホアニュイェユゥビォラェビヴジェラピュピョィァッピゥベ』です」
「今、コピペしただろ」
「え」
「いや、ひとりごとです」
 咳払いし、話を戻す。
「ええと、判りました。外来種の脅威により、解決方法も何もあったもんじゃないってことですね」
「理解いただければ幸いです」
「それでつまり、私もそうした特異な例のために呼ばれた、と」
「これは本当に話が早い」
 男と老人は、感心したように笑みを浮かべた。なにせ、時間制限があるのだ。説明ではなく問題に対応している時間が確保できるなら、それにこしたことはない。
 それに、話が早いのは、私に出来ること、私が適任とされること、つまり、取り柄を考えればすぐに判ることだったからだ。
「まぁ、できることはします。ですが、身の安全だけは守ってください」
「それは勿論です」
 ふたりは揃って深く頷き、その後、私たちは作戦を練るべく別の部屋へと場所を移した。



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