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 「緊急召還24時間」


 そして、十数時間後。
 私は、賊が拠点にしているという山の開けた場所に案内された。幾つかの小さな天幕が設えられているあたり、実のところ、召還に合わせて何日も前から討伐作戦は 進められていたということなのだろう。
 これまでの召還者の功績か、どうみても平凡な取り柄のなさそうな私にも、兵たちは期待の籠もった視線を向けてくる。居心地が悪くないのは、彼らが総じて礼儀正 しく友好的であるためか。
「お疲れですか」
「いえいえ、全く問題ありませんよ」
 そう、今は眠気も吹っ飛んでいる。というか、作戦会議の後、非常に快適なベッドと布団と枕と懇意になったため、今はすっきり爽快なのだ。
 救い主なんて言われるたいそうなことを押しつけられるってのに、余裕? いやいや、自信満々というわけじゃないが、とりあえず私に関しては、準備などいくらし たところでどうしようもない。なにせ、トリップ系小説によくある「特殊能力が授けられた」などということは全くないのだ。私という人間がそのまま役に立つから呼ばれ た、つまり、私はこの案件を片付ける上で完成された力を持っているということだ。私の覚悟とやる気以外のものははじめから揃っている。
 後は気力体力を十全にするだけだったんだから、寝ていて何が悪い。
「何か、必要なものはありませんか」
「大丈夫ですよ。今すぐ出発でも問題ありません」
「それは、お待たせして済みません。ですが、もう少しです。奴らは既に追い詰めていますので……」
 私に依頼されたのは、最後の詰め、だ。数年前に突然現れた盗賊団の討伐、それを完遂できない最後の部分をどうにかしてくれという懇願だった。はじめに討伐と聞 いたときは及び腰になったものだが、よくよく聞けば、私が戦う必要は全くないらしい。そもそも、盗賊団の構成員の殆どは既に牢に放り込まれている。
 問題なのは、数人の幹部。彼らの連携によりどうしても捕らえることが出来ず、追い詰めては逃がし、逃がしてはまた盗賊団を結成され、荒らされ、また追い詰めの 繰り返しになっているとか。
 その、逃げられる原因になっているのが……
「隊長、奴らを完全に捕獲しました!」
「うむ」
「道中の兵の配置も済んでおります。救い主様をお願いします!」
 いよいよか。
 説明されたときのことを思い出し、さすがに若干憂鬱になりながら、促されるままに立ち上がる。
「では、参りましょう」
 道中の安全が確保できたという報告に、はじめ召還の場に居合わせた壮年の男が私を馬の前に乗せる。作戦会議で決定された決戦場所と同じであるとすれば、山道に慣れない人間が徒歩で向かっても問題のないはずの距離だ。それを思えば、これはいざというときにすぐに逃げられるようにという措置なのだろう。
 しばらく無言で山道を進む。鬱蒼とした木々の間に拓かれた道の左右には等間隔に兵が並び、残党による奇襲に対応できるようになっている。視線を上に向ければ、 太い枝の上に弓を構えた者も数人隠れ隠れに見えていた。
 そこまでしておいて、否、そんな「もう勝負はついた」という状況にまで持っていくことができていながら、何故逃げられるのか。何故私が必要なのか。
 それは、件の盗賊団の幹部数人が特殊な能力を使うせいだ。
 物理攻撃も魔法攻撃も、何もかもを遮断する絶対的な防護壁を長時間に渡り展開できる能力。思い浮かべた全ての者を一瞬にして別の場所へ転送できる能力。そうし た厄介な特殊能力だ。魔法とは別の、誰もが個別に持っている能力だが、ここまで影響力の強いものは珍しいという。
「『ぼくのかんがえたさいきょうののうりょく』だよねぇ……」
「なんですか、それは」
「いえいえ、ひとりごとです」
 そんな厄介な能力持ちに、ただの現代人に何ができるかって? それは簡単。
「救い主様、あそこです」
「わぁ、正に膠着状態ですね」
 それぞれの能力者に能力を使わせないために、絶妙な位置で兵が得物を構えている。剣山を逆にしたような面を持つハンマーが頭上数センチの位置で止まっているの は、絶対防護壁の男だろう。なるほど、あれなら防護壁を解いた瞬間におだぶつだ。
 瞬間移動の人はと見れば、頭上を謎の板に囲まれている。
「あれは、ひっきりなしに極めて不愉快な音を出す装置です」
 なるほど。
「ですが、あれらは一時的に奴らの動きを止める手段に過ぎません。時間が経過すれば我々は腹を空かせ尿意を催し便意に集中力をなくし、つまりは完全な現状維持が できなくなりますが、彼らの能力者のひとりは、そうした生理現象を後回しにできる者もいるのです」
「尿とか便とか、その説明どうよ」
 まぁ、私は職業柄慣れてるけど。
「ともかく、いつもそうして隙が出来た瞬間に逃げられる、と」
「面目ない」
「仕方ないですよねー。まぁ、私がその能力をどうにかできればオッケーってことですよね」
「はい、お願いします」
「それじゃ、やります」
 若干の緊張を感じながら、私は事前に渡された眼鏡を装着した。
 これは国宝級の代物で、本来は門外不出。だが今回はやむなしと、召還した老人が王様が居眠りしている隙に鍵を奪い独断で勝手にこっそり宝物庫から盗み出したそ うだ。その意気込みに免じて壊さないように大事に扱うことを誓う。
 そんな今回の討伐に欠かせない、この眼鏡の持つ力はただひとつ。
 それは、生物の魂魄に刻まれた、その生物全てを支配する名前を読み取る能力だ。勿論この世界には、数少なくはあるがそうした盗賊団の面々とはまた違った強力な 能力を持つ者もいる。だが、彼らでは駄目だった。だから、私が呼ばれた。
 その、理由は――


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