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 「緊急召還24時間」


「イトウ マナミ、踊れ!」
「!!?」
 私が叫んだ次の瞬間、不快音波発生装置に耳を塞いでいた女が、その場でぎくしゃくと踊り出す。
 あ、盆踊りだ。
「おお!」
「あれはマナミと読むのか!」
「な、何よぉ、これ!」
 読み方に何度も頷いているのは、名前を読み取る能力者だろう。かつて同じような事件が起きたときに、別の召還者に作ってもらったという人名辞典に、それは嬉し そうに書き加えている。対照的に戸惑った声を上げているのは、伊藤真名魅、転生者括弧笑括弧閉じるの女だ。
 判る人にしか判らない盆踊りに、兵の間から笑いがさざ波のように起こっている。
「なるほど、これは愉快」
 魂魄に刻まれた名を呼ばれた者は、呼んだ者の命令に絶対服従となる。無論、万能ではない。現に私は、馬の上で上半身だけ下手なフラダンスのようにふらふらと揺 れ動いている。後ろの壮年の男は今は、礼儀正しく私から視線を逸らしたようだ。実に紳士である。
 ようするに、命じた者は命じた内容と同じ事を自分も行ってしまうと反動があるのだ。だが、自分にない力はその反動が無効となる。正確に言えば、ない力を封じら れても、もともとないのだから全く問題ない。
 つまり、
「イトウ マナミ、これ以降、全ての特殊能力の行使を禁じる。禁じられたと自覚した場合は、その場に座れ」
「!!!」
 へなへな、と崩れ落ちるように女はその場に座り込んだ。私は既に馬に座っているので、特に問題はない。
「おお!」
「お見事です、救い主様!」
「じゃ、次行きます」
 言い、視線を移す。
 瞬間移動の次に厄介なのは、あれだ、視線を合わせた者の意思を奪う能力者。――渡辺翔益。
「ワタナベ トーマス! 以後視線を使う能力を使うことを禁止する!」
 ぺたん。そんな擬音が合いそうな様子で男が揺れるようにして座る。
 次、田中春月。
「あの女は、例の便意の力をもっています」
「よし、タナカ ハルナ、今後一切人の生理現象を操作する力を使用することを禁止する! 判ったら『私は二度と人の便意尿意を操作しません』と言うこと!」
「わ、私は二度と人の便意尿意を操作しません……、なんてこと言わせるのよ! 私の力はそんなんじゃないわ!」
「私は二度と人の便意尿意を操作しません。あのなぁ、それを我慢してたら便秘と膀胱炎一直線だぞ、反省しろ! いいか、一度便秘になるとだなぁ」
「救い主様」
「あ、済みません。少々下品でしたね。なにせ職場では」
「いえ、説明は結構です。それよりも、次にいきましょう。横の男は、人の記憶を奪う力があります」
 強引に促されてその方を見れば、なかなかのイケメンが面白くもなさそうな顔で立っていた。こりに凝った髪型と服装からして、酔ってる感じがあるのが鬱陶しい。 魂の名前は高橋鉄優人。なるほどねぇ。
「タカハシ アトム!」
「!」
 ここまでくれば、連想ゲームだな。仕事の度に毎回思うが。
「今後一切、人の記憶を奪うことを禁じる! 判ったら三回回って左手を尻尾代わりに振りながらワンと言え!」
「……、……、……、……わん、くっ……」
 あ、何も言ってないのに頭を抱えてしゃがみ込んだ。恥ずかしい一発芸への耐性がないな。これだからイケメンは。私だって馬の上で上半身グルグル回してワンワン 言ったのになぁ。あ、左手尻尾が後ろの人のお腹に当たった。おう、いい硬さだ。これは腹筋割れてるな。
「ごほん」
 調子に乗ってべたっとお腹を触ったら、おもむろに咳払いをされた。まぁいい、次。
「あちらの女は、……人にこう、胸を押しつけることによって、強制的に魅了する力を持ちます」
 ほほう、ほう、ほーお。鈴木愛美ね。スズキマナミ? いや、違う、さっき同じ名前がいたことはともかく、人名辞典を持っているこの世界の能力者にも読めなかっ たのだ。そんな単純な読みでないとすれば、これは……。
「……ビーナス」
「え!」
「その反応、確定! スズキ ビーナス! 今はしゃがんでろ! それと、これは命令じゃないが、そのけしからん胸は後で削る! 絶対にな!」
「なんで判るのよぉ! じゃなくて、ちょっと待ってよ! なんでアタシだけ酷い!」
「やかましい! 嫌ならしなびて垂れろ!」
「……救い主様。次を」
 あ、ごめんごめん。って次で終わりだな。
 最後は絶対防護壁の男。仲間が攻略されていったにも関わらず、ふてぶてしい顔で私を睨んでいる。自分の魂の名前だけは絶対に読めないと自信を持っているのか。
 いいだろう。
 10年。読めない名前に揉まれた私に絶望の顔を見せるがいい! 佐藤吾星輝!
「……ふっ。舐めるな、サトウ アキラ!」
「!!!」
「両腕で頭を庇って、――はい、特殊能力を解除しろ!」
「くそぉぉぉ! 何で読め……ぐげっ!」
 強制的に能力が解除された瞬間、頭の上のハンマーは落下。頭を直撃させなかったことをありがたく思え。
「なんで、読め、るんだ……。今さ……」
「サトウ アキラ、今後お前特有の能力を使うことを禁じる!」
「……」
 そして私は、完全に戦意を喪失した元同世界の盗賊達に向かって鼻で嗤う。
「言っただろう。私を舐めるなと。……世界は広いんだ」
 お前ら以上のビックリネームに世界は満ちあふれているんだ。
 ふ、と遠い目をする私に向け、周囲から拍手がわきおこる。特に凄い勢いで音を出しているのは、魂の名前が見える特殊能力者だ。
 召還の場に居た面々も、すこぶる良い笑顔で惜しまず手を叩いている。
 それに応えるように私は右腕を掲げ、所謂ガッツポーズを取り、――そして、私の異世界旅行は終了した。



 後日談。
 相変わらずの激務から自宅に戻った私は、ふと、ベッドの上に見慣れない紙切れが落ちているのを見つけた。置いた覚えはないが、仕事の勉強資料などをベッドに持 ち込んで寝転がりながら読む、ということはたまにあるため、その時落ちたのかと拾い上げる。
 そして、何気なしに開いて私は絶句した。


『救い主様

 先日は大変お世話になりました。
 あれから盗賊どもは不気味なくらい従順に強制労働に加わっております。犯罪者には反抗的な者が多いため気になって理由を聞くと、全員口を揃えて「殆ど覚えてい ないが前世を含め、初対面の人に間違えなく読まれたことは初めてだった。今までいろんな意味で名前に拘っていたが、何だかスッとした」と言っております。
 なにか、吹っ切れたようでした。

 それはそうとして、救い主様にひとつお願いしたいことがございます。
 それは、盗賊達のことを聞きつけてやってきた、善良なる民のことでございます。
 彼らは、盗賊達のように前世の記憶というものがなく、自らの魂に刻まれた名前を自分ですら読むことが出来ず、困惑している者たちです。我らは結婚の際に相手に 魂の名前を相手に教えることで互いの信頼を誓い……』

 
 どうやら、私の異世界旅行は一回では済まないようである。


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