[]  [トップへ戻る



「予言の乙女と真なる勇者03」


 *

「この岩?」
 目の前にあるのは、何の変哲も無い大岩である。若干不自然に丸かったりするわけだが、とりあえず岩以外には見えないので問題は無いだろう。時々脈打つように一部が盛り上がるのはおそらく、表面の色に擬態した虫が身動きしているからに違いない。
 訝しげに首を捻るエレンに向け、ユージーンは深々とため息を吐いた。
「そうなんだよ。なんかさ、俺が折角畑を広げようと思ったところにこれだよ。やったら重いし固いし、かといってこれを避けて畑を作るのもど真ん中で邪魔になるし」
「まー、そうねぇ。確かに邪魔よねぇ」
「判るか、判るか? だよなぁ。さすが元農民」
「ほほほ。じゃあ、手っ取り早くやっちゃいますか」
 頼むよ、と殊勝に手を合わせるユージーンの前で、エレンは巨大な鎚に変化した。ユージーンがおっと声を上げた瞬間には手にしっくりとなじむ鎚。もちろん傷一つなく、陽光を受けて、名工が鍛え上げた一級品にも劣らない輝きを放つ。
「おお!」
 そんな外見と強度を持ちながら、重さは元のエレンと同じ。更にはエレンの魔法で強度補正、速度補正が加えられているので、おそらくはこの世界にこれで砕けないものはないだろうという代物になっている。農具を使って数十年、熟練の農夫の手の中にあり、それは今や世界で最強の武器へと昇華していた。
『や、止め……』
 遥か遠くの地で、最凶の生物が哀れな声を上げているが、むろん彼らは知る由もない。
「じゃ、やっちゃいましょうかね」
 目を輝かせながら鎚を両手で構え、ユージーンは何のためらいも無く振り上げる。
 そして――

 がっこん。
 ぱこんとガコッの間のような間抜けな音の後に、あっさりと真っ二つに割れた岩。

『ぐ、おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーっ!!!』

 ユージーンは驚きと喜びをかけたような顔で歓声を口にし、
 エレンは人の姿に戻るや得意げに胸を反らし、
 魔王は黒い煙と化して消え、
 そして勇者たちは真っ白に燃え尽きた。

 *

 王都を出て数ヶ月。結界を超えてからは苦難の日々だった。
 数を減らしていく仲間たちと励まし合い、時には涙を流し、そうして超えてきた連戦連夜の長い道。
 故郷を思いながら歯を食いしばり、限界を突き抜けてようやくたどり着いた魔王の玉座。
 結果的には成し遂げた。魔王は消え、勇者たちは勝利した。
 けれど。
「……泣いていい?」
「もう鼻水出てます」
 冷静な突っ込みに勢い良く鼻を啜り上げ、勇者(結局自称のままだった)は口を半開きにしたまま呆然とした目を主の無い玉座に向けた。
 空しさと侘しさと切なさが心の奥底を通り抜けていく。
「……萎えた」
「蹴られてから萎えっぱなしじゃない」
「そっちはもともとだ!」
 もともとかよ。
「いや、そんなことはどうでもいいんだ!」
「お前……」
「勇者だ……」
「勇者だよ、お前……」
「ああ、そうだな。『そんなこと』の一言で済ませられるお前は、俺たちには立派な勇者だよ……」
「いいのか、こんな俺を許してくれるのか?」
「どんな結果になろうとも、俺たちは仲間だって言ったじゃないか。そうだろう?」
「……そうだったな。忘れてたよ。ありがとう。俺はもう大丈夫だ」
「ああ、お前は立派な勇者だ! さぁ、胸を張って帰ろうじゃないか!」
「応っ!」
 響きわたる声。いつの間にか格好いい話になっていたことに突っ込みを入れる前に、おりしも天を厚く覆っていた雲が切れ、半ば崩壊した魔王城に一条の光が差し込んだ。
 平和な時代の幕開け。それを予感させる希望が降り注ぐ。
 勇者たちは手を握り合い、未来へと笑顔を向けた。
「さぁ、王都へ向けて出発だ!」
「ああ!」
 唱和する仲間たち(男)にしょっぱい目を向けつつ、同行者(女)はただ肩を竦めて後に続いた。

 *

 後日、とある田舎村――。

「聞いた? 魔王倒したんだって」
「ふーん、じゃあ、あんたにされた予言ってハズレだったんだな」
「良いことよね。これで平和ボケした王様も、占いに頼って国の方針を決めるなんて自殺行為、止めるでしょ」
「それもそうか」
「うん。あー、それにしてもいい天気!」
「で、あんたいつまでいるんだ?」
「え? 飽きるまで」
「気分次第かよ」
「大丈夫よ。農業は自然と調和し、時には戦い、日々あくることなき研鑽あるのみってね!」
「居座る気満々か!」
「あら、私居ると便利よー。何にでも変われるからね」
「……まぁな」
「木を切り倒すのも畑耕すのも楽々よー」
「……」
「むむむ、仕方ない、負けに負けての大特価、三食昼寝付きだけで売り出し中だ! しかも今なら夜のサービス付き! どうですかい、旦那!」
「買った!」
「よっしゃ、売った!」
「……、……あれ?」

 ――予言の乙女と真なる勇者は、とりあえず今日も元気に農作業に勤しんでいる。

(終)




[]  [トップへ戻る