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「予言の乙女と真なる勇者02」


 幾分機嫌を良くしたエレンは、ふと気になったことを口にした。
「で、私はここにいるわけなんだけど。私を取っ捕まえて小金稼ごうとか、俺が勇者になっちゃろとか思わない?」
「全然。俺面倒臭がりの平和主義。つか、収穫前の畑の方が大事だし」
「おお。農夫の鏡」
 気のなさそうな返事に、むしろエレンは拍手を送る。
「あの自信過剰な自称勇者に聞かせてやりたいわー」
「ん? 勇者って決まったのか?」
「魔王倒してもないのに勇者もクソもないけどね。国一番のやったらキラキラした男が、魔王討伐隊として出て行ったわよ」
「あんたここにいるじゃね?」
「私が股間蹴り上げてやったから、『田舎娘なんぞいなくとも倒してやる!』って息巻いてたわ」
 エレンが暴露したそうにワクワクしているところをみると、蹴るに至る経過はきかないほうがいいのだろう。懸命なる判断で好奇心を飲み下し、ユージーンは若干遠い目のままで茶を啜った。
「でもそれって、予言と違えるんじゃねーの?」
「知ったこっちゃないわよ。まぁ今頃、そんなもんがあるとすればの話だけど、魔王の城とやらかしらねぇ……」
 ふ、とため息を吐き、エレンは心地よく晴れた空を見上げた。鳥は囀り木の葉はそよぎ、遠くで家畜が交尾している。ああ、平和だ。
 ちょっとは心配しろよ、と意外にまともな台詞を吐く男を横目に、エレンは目を細めて肉を咀嚼した。

 *

 所変わって魔王城(本当にあったらしい)。奇妙に拗じくれた植物が不自然に動く切り立った断崖の果てに、闇にとけ込むような城が聳え立っている。立ちこめる暗黒の雲の下で、妖鳥が怖気立つような鳴き声を上げた。……テンプレにもほどがあるだろうがというのは却下で。
 その迷路のような城の最奥、血と臓物で仕上げをされたような広い空間は、魔物たちから畏怖と畏敬をこめて玉座の間と呼ばれている。
「くそっ……」
 ぼろぼろになった剣を支えに、床に膝をついた男が荒い息を吐いた。秀麗な顔も太陽の光を集めたような金髪も血と体液に汚れ、今は見る影もない。彼が選んだ伴は皆腐臭を放つ床に倒れ、死の時をただ待ち受けている。
「ふはははは、その程度が、勇者とやら!」
 愉悦を含んだ声が高い天井に響き、反響して不協和音で奏でられた音楽となる。
「無様だのう。大人しく結界の向こうだけで満足しておればよいものを。おおかた、領土拡大の熱に浮かされた阿呆にそそのかされたか?」
「ふざけろ! 陛下は、世界の平和を願って……!」
「おかしなものよ。結界の向こうの世界は平和ではなかったのか?」
「……っ」
「ぐはははは。愚か、愚か! おかげで目が覚めたわい。お前たちを血祭りにあげた後は、すこぅしばかり領土を広げてもみるかな、ふはははは」
「お、おのれ……!」
 叫び、勇者(自称)が剣を振るう。魔王との距離は離れている。だがその剣圧に乗せた魔法は、真空の刃となって一直線に魔法へと向かい奔った。
 仰け反り嗤う魔王。避けようともせず、彼はそのまま刃に切り裂かれた。
「やったか!?」
 あっけない展開に驚いたように、しかし嬉々とした歓声を上げる勇者(自称)。
 だが、
「ぐはははは」
 まっぷたつに裂かれたはずの体が揃って宙に浮き、そこで断面を合わせてひとつの影となった。
「愚かよな、その程度の攻撃、なんともないわ!」
「……! 化け物が!」
「おうおう、個性の無い捨て台詞だな」
 尖った牙のはえ揃った口を大きく開け、魔王は床に伏す人間たちを蹴り上げた。声も無く、恐怖と絶望の色で彩色された顔を苦痛に歪めながら、勇者一行はまとめて端へと追い詰められる。各々忙しなく上下する胸の動きが無ければ、まさしく死体の山であったに違いない。
 その中で唯一呻き、それでも睨みくる勇者(略)に、魔王は嗜虐芯をそそられたようだった。
「ほほう、まだ諦めぬか。ならばよい、お前たちの行動が如何に無駄であったかを教えてやろう」
 言うや、魔王は自らの胸を切り裂いた。そこに指をかけ、更に肉の裂く。そうして魔王は生々しい音をわざとらしく立てながら、その奥の骨までも砕いていった。
「ば、馬鹿な……!」
 悲鳴が上がる。
「心臓が無い!」
「そうとも。わしの核は別の場所にある。お前たちに手の届かない場所にな!」
「そんな……」
「げはははは。無駄な足掻きだったな! よかろう! 死に行くお前たちに、わしの核のある場所を見せてやろう。絶望と未練と後悔を抱きながら死ぬがよい!」
 酸の混じった粘液を人間に向けて吐きながら、魔王は腕を軽く振った。その指先に陽炎が揺れ、背後ではない何処かの像を結ぶ。
 そこに映し出されたのは、――青空。どこまでも広く澄んだ完全な青。その色に懐郷の情を揺さぶられながら、人間たちは知らず涙した。
 その様子を満足に眺める魔王のもと、映像はゆっくりと動いていく。空は高くなり、次第に緑が広がっていった。よく均された畑はどこまでも長閑だ。殺伐とした周囲とは隔絶された、どこまでも牧歌的な風景は、ある種理想郷であったに違いない。
「いずれこの世界もわしのものになるのだがな……!」
 喜悦に満ちた笑い声が人間たちの耳朶を打つ。そこから生み出される憎悪を力に反撃を試みるのは無駄だ。魔王の核は遠く映像の結ばれた先にある。
 目の前の魔王の体を崩したところで全ては無駄。そう、それを教えられる為に見せられているのだ。
 勇者は堪えきれずに目を伏せた。絶望と屈辱に歪む顔を、それ以上見せたくはなかったのかもしれない。
 人間たちの目から闘争力と気力が失われていくのを見て取り、魔王は高々と勝利の声を上げた。
「さて、もうそろそろわしの核が見えてくるが……、飽きてきたな。そろそろ死ぬがよい」
「くっ……!」
「どいつから死ぬかな? お前か?」
「ひっ……!」
「それともお前にするか? もう庇うこともないか!?」
 一歩、魔王が近づく。
「そうか、そうか、ぐあっははははは、ははははは……、はは……、…………ん?」
「……。……え?」
 急に動きを止めた魔王に、勇者は訝しげに顔を上げた。
 この状況で、何が……。
 不自由な姿勢のまま、精一杯体を捻った仲間たちが魔王を見上げている。正確にはその腕、その先にある揺れる映像を彼らは凝視していた。つられ、視線を転ずる。
『あー、美味しかった。で、その見返りって、何をすればいいってわけ?』
『いや、その力を使っておひとつ』
 ……聞き覚えのある声がする。いや、見たことのある人が映っている。
 瞠目し、勇者は食い入るように映像を見つめた。


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