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 言って、アリアが魔法鉱石について無知に近いことを思い出したのだろう。
「魔法鉱石は魔法を吸収して溜め込む。これは知ってるな?」
「はい」
「だから、わざと魔力を無駄にするような式を組み立てて使えば、放出するだけして使われなかった魔力が飛散する。それを魔法鉱石が勝手に吸収する」
「無駄な魔法式、ですか?」
「そうだ。例えば、指先に小さな炎を灯すとき、何と言う? 古代語じゃなくて、訳語で言ってみな」
 アリアが体に溜めた魔力は、その殆どが身体の維持に使われる。人前で積極的に魔法を使うことができないアリアは、定型的に覚えた魔法以外には馴染みがない。咄嗟に反応できず、頭の中で式を組み立て、おそるおそる、アリアは言葉を口にした。
「『高みより下ろされたるその熱の、小さな欠片を我が指先に、大気の水を纏い、炎の形を持って具現したれ』……ですか」
「間違ってはいない。随分古式だが、綺麗で的確な式だ。――だが、やはり研究者だな」
「どういうことですか?」
「火もとの入手先から始まって、大きさや場所を指定して、尚かつ魔法発動の際に失敗が起こった時を考えて、周りに害を及ぼさんよう水の保護までかけている。実際に使うとなると、回りくどくてやってられんな」
 アリアは首を傾げた。北では、より正確に丁寧に式を作ることが当たり前とされている。
「じゃあ、どう言うんですか?」
「『火、灯れ』」
 単純明快。合ってはいる。魔法の発動にかかる時間も消費魔力も、アリアの式に比べて半分以下だ。だが、その形やあり方に、なんの指定もない。術者が如何に的確に落ち着いてイメージを描きながら力を呼ぶかに全てがかかってしまう。万が一イメージに失敗して暴走した場合の防御策もない。
 アリアの魔法式の場合例えていうならば、炎の鋳型を作って魔力を流し込み、的確に形作った魔法に仕上げるといった方法である。鋳型を作る手間はかかるが、予想外の魔法にはならない。だがアッシュの式は、魔力そのものをこね上げて炎に形作る方法、無駄はないが下手な術者の場合、思った形に仕上がらないときもあるだろう。
(無駄……)
 アリアは、考えるように小首を傾げた。
(必要だけど、必須じゃない。予防線というだけで、発現はしてない……)
 そうしてようやく、アリアはアッシュの言わんとしていることを理解した。
 アリアの式でもアッシュの式でも、実際に目に見える形に表れるのは同じものだ。アリアがきちんと仕上げるために消費した鋳型の分の魔力は、炎と成って現れたぶんとは別のものである。必要だから消費した、しかし実際には形になることなく消えた魔力。――それが空中に飛散して、魔法鉱石に吸収されるということなのだろう。
 納得顔に頷いたアリアを見て、アッシュはまとめるように口を開いた。
「だから俺は、別に長時間ここに居る必要はない。あんたが言ったよりももっとごてごてに飾りたくった魔法式を唱えれば、それでいいんだからな」
「これって、この国では常識なことなんですか?」
「まぁ、この魔法鉱石に魔力を売りに来る奴らは知ってるだろうな」
 ――これはまだまだ、勉強の余地がある。
 忙しくなる、とアリアは心中で苦笑した。医療魔法以前に、北、イースエントで習った常識と、ここでの違いについて学ばなければならない。古いしきたりにしがみついた国と、大国として文明の最先端を行く国の魔法技術の差、予想はしていたがまだまだ甘かったとアリアは痛感した。
 片付ける問題が山積みで、正直目が回りそうだ。――だが、行き詰まるよりはましなのだろう。
 アリアは、意を決してアッシュに向き直った。
「アッシュさん」
「断る」
 その差、1秒にも満たない即答。
「どうせ、教えてくれ、とか言うんだろう」
「――そこまで、厚かましくないつもりです」
「なら、どんなつもりだ?」
「ここで会った時でいいので、魔法に関する世間話に付き合って下さい」
 胡乱気な視線が向けられる。だが、アリアは目を逸らしはしなかった。アッシュが、本当に人に関わるのが嫌いなら、今日ここまで話してくれることはなかっただろうという目算がある。
 全く笑わない無愛想だが、根は親切なのだろう。
 十数秒の沈黙の後、アリアの引かない様子に諦めたのか、アッシュは盛大にため息を吐き出した。
「……気が向いたらな」
 案外押しに弱いのかも知れない。
 思いつつ、アリアは元気良く返事した。


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