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 ディアナの屋敷に着いた頃には、冷却の効果もあったのか、アリアの体調はずいぶんと本調子に戻っていた。居間で本を読んでいたディアナに声を掛け、仕事のある時間まで休むべく、与えられた部屋に向かう。
「あれ、早かったじゃん」
 扉を開ければ、呆れたように投げられる声がある。丁度夕食準備前の時間をもてあましていたのだろう、レンがベッドに寝そべっていた。結う前の髪が、シーツの上で複雑な文様を描いている。思う存分にだらけていたらしい。
「なんか、研究どころじゃない雰囲気だったから」
「ふぅん。大変だねぇ」
 レンはイースエントに実家があるためか、キナケスにおける変事はあまり頓着していない様子である。
「でもまぁ、丁度良かった」
「ん?」
「何日かしたら、グリンセスの領主館に行くことになったって」
「グリンセス? この前は自分から来てたのに?」
 客の来る前に、強引に面会を強行したリュンデル・グリンセスを思い浮かべて、アリアは顔を顰めた。
「今度はディアナ様を呼び出すって、どういうこと?」
「知らない。でも、内密な話とやらがあるみたいよ」
「内密?」
「どうせ、きな臭い系の話でしょ。見かけ紳士のくせして、喋ってる内容、権力がどうの王位がどうの、俗っぽいことばっかだったからねー」
 外出用の上着を畳みながら、アリアはレンの感想に苦笑を返す。
「でもさ、正直、ディアナ様の母上と仲違いしてたくせに、よく掌返すわよね」
「そうなんだ?」
「あれ、知らない? ディアナ様の母上に領主の座を奪われそうになったから、強引に国王の側室にあげちゃったらしいよ。内乱始まってから早々にイースエントに来たのも、キナケス王宮に愛着無かったからじゃないの?」
 これについては、ディアナの母親が口を噤んでいたため、今となっては真相など知る術もない。
 だが、ディアナの胸中は複雑だろう。生まれ故郷へ戻ってきたはいいが、もともと折りの合わなかった伯父を後見にもつこととなり、ある程度彼の意に従わなくてはならないのだ。ディアナ自身が国の運営の中で確固たる地位をもてば別の話であるが、内乱もようやく終わって三年目、知り合いなどいないに等しいディアナが独立するのは当分無理な話だろう。
 何にしても憂鬱なことだ、とアリアはため息を吐き出した。レンもつられたように長々と嘆息する。
「ああー、これがフェルハーン殿下のお屋敷なら、喜んで行くのに」
「殿下、今いないみたいよ」
「ええー?」
 一度身を起こし、その後すぐに、レンは力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。
「花の王都なのに、全然良いことなーい!」
 お前は何をしにディアナについてやってきたのだと、突っ込みたくなるような科白である。
 憂鬱も気分の悪さも忘れて、アリアはただ苦笑した。


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