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「どう考えても、ルセンラークと関係ありそうなのに」
「おそらく、キナケスからの圧力がかかっている最中ですし、余計前なことは隠しておきたいのでしょう。人が消えたと言っても全員大人、砦に普通の火事があったとなれば、何らかの内部事件や不祥事をもみ消すために火を放ち、咎められるのを恐れて逃亡した、とも言えなくはありません。少し、こじつけではありますが」
「下手に騒ぎ立てて、キナケスに不穏な材料を提示したくないということですか?」
「マエントが被害者だとはっきりしていれば問題ないのですが。今のところ怪事件に対して、どの勢力も灰色ですからね。自ら足を引っ張るような情報を流すわけはありません。リーダの街では、箝口令でも敷かれたのでしょう」
 その結果、ひとり不安になった少女が、親しくしてくれた兵たちを探しに長い旅をすることになった。無謀で軽率な行動には違いないが、人間としてはもっとも素直な反応なのだろう。
 その純粋さは微笑ましくもあるが、おそらく自分には出来ないだろうと、アリアはただ苦笑した。国も人と同じ生き物だ。時には自らを守るために、それから目を逸らすことも隠すことも、嘘を吐くことも必要となる。苦々しくはあるが、そう判ってしまっている。
 緩く首を振って、アリアは思いを押し込めるように疑問を口にした。
「でも、キナケス側が全く気付いていない、なんてことあるんでしょうか?」
「国境の管理官は知っているでしょうね。それでも重要視していないか、小金を握らされたか、どちらかといえば後者でしょうけれど。他は、なんとなく事件があったと知っている人は多くても、それは大して重要ではない、と認識されるような話にすり替わっているのでしょう」
「こういうとき、早速部下を使って調べさせよう! とか言えない身がもどかしいですね」
 まったく、とギルフォードが同意を示す。 
「それはそうと、この子、どうしましょうか?」
「国境まで送っていってあげるのが一番でしょうが……、親御さんも心配なさっているでしょうし」
 ギルフォードは沈痛な面持ちでため息を吐いたが、あいにくとアリアは別の意見だった。
 おそらく、親はあまり心配などしていない。小さな子供が、近しい親類縁者でもない青年を捜し回るほどに慕っているのだ。それは本来、もっとも信頼と愛情を与えるべき存在が、その役目を放棄しているからに他ならない。事実、青年の身をこれほどまでに案じている少女であるが、家を思って不安になっている様子はない。
 勝手に家を出た挙げ句、厄介で繊細な問題まで引きずって戻ってきた少女を、果たして親はどう思うだろうか。
 少なくとも今、この時期に帰すのは得策ではない。考えをまとめて、アリアは顔を上げた。
「こういうのはどうですか? この子はとりあえず、ディアナ様に頼んで屋敷で預かってもらうことにします。ギルフォードさんは、この子とは無関係に、マエントの情報を得たとして調べてもらう方向に持って行く、というのは」
「私の方は……そうですね、フェルハーン殿下がここのところ忙しくて連絡も取れない状況です。なので、上手く上層部に伝わるかどうかは判りませんが、伝手でも使ってなんとかしましょう。しかし、アリアさんの方は、殿下に了解を取らずとも大丈夫なのですか?」
「はい。事情を話せば、協力していただけると思います」
 思う、ではなく殆ど確定である。ディアナは嬉々として手を貸すに違いない。
 その場面を想像してこみ上げた苦笑を堪えつつ、アリアは少女に向き直った。
「お兄ちゃん、まだ捜す?」
 少女はこっくりと首を縦に振る。
「一緒に捜してあげようか?」
「おねえちゃんたち誰?」
「私たち? ええと、お城に居る魔法使いのお兄さんとお姉さんだよ。お姫様に、困ってる子を助けるように言われてるの」
 かなり怪しい説明だと自覚しつつ、誤魔化す手段をと、ギルフォードに意味深な視線を向ける。一瞬、目を見開いたギルフォードだったが、すぐに了解したように頷き、作ったような深い笑みを少女に向けた。
「ほら、この手を見ておいてくださいね」
 言うや、小さく魔法式を唱え展開する。ギルフォードの手のひらから燐光が生まれ、室内を朧に照らし出した。彼の腕の動きに合わせて光は千切れ、いくつもの玉となって少女の周りを浮遊する。丁度、七色の光を帯びたシャボン玉が、弾けて消えることなく漂い続けているようなものだ。
 幻想的な光景に、少女は初めて笑顔を見せた。不思議そうに光の玉をつついては、逃げていくそれを追うように忙しなく首を振る。光の玉はやがて、猫の形に変わり、室内をぐるぐると回った。
「うわぁ……」
 文字通り、子供騙しだが効果は高い。
「お兄ちゃん、すごいね!」
「お姫様の魔法使いですからね」
 アリアの嘘に便乗して、ギルフォードは笑う。そこそこ難易度の高い魔法のはずだが、それをあっさり作ってしまえる実力はさすがだと、アリアは大きく頷いた。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、もうお姫様のところに帰らなきゃ行けないんだけど、良かったら一緒に来るかな? 明日、にいちゃを捜してあげるよ?」
「いいの?」
「うん。勿論」
 口悪く言えば、「チョロイ」といったところか。ギルフォードの優しい魔法にすっかり興味を奪われた少女は、あっさりとふたりのことを信用したようだった。もっとやってほしい、とギルフォードにしがみつく。
「後でまた、見せてあげますよ」
 苦笑しつつ、ギルフォードは少女をせがまれるままに背に負った。結婚どころか、恋人さえ居ないという本人の証言を信じるとすれば、希少な、ある意味衝撃的な光景である。子供に対する態度は全くなってないにしても、こういうことは無難に出来るのだなと、アリアは感心したように見つめた。
「親子みたいですねぇ」
 アリアの言葉にぎよっとして、ギルフォードは背中の子供を横目に見遣る。
「……何か、意味深な反応ですが……」
「え? い、意味なんてありませんよ。そう見えるものかと思っただけです」
「嘘臭いですねぇ……」
「本当です。何もやましいことなどありません。もう、行きますよ」
 早口に言い切って、ギルフォードは垂れ幕を捲り外に出た。胡乱気な目線を向けたまま、アリアも後に続く。
「あ、もういいの?」
 店番の少年が、出てきた三人に気付いて声を掛けた。商売用の笑顔と大げさな身振りで、安堵した様子をありありと伝えてくる。ギルフォードは丁寧に礼を述べ、少年に銅貨を手渡した。
 勝ち気そうな目をくるくると動かして、少年はにやりと笑う。
「ダメダメダメ、全然駄目」
「はい? 足りませんか?」
「んなこと言ってねーよ。なぁ、奥さん?」
「えぇ!?」
 突然少年に同意を求められたアリアは、その名称に大きく目を見開いた。自分を指さして、少年に確認を取る。
「あれ? 奥さんも天然? 駄目だよ、旦那はちゃんとしつけなきゃ。こういうときは、飾り物のひとつでも買って贈るのが普通だろ。商品売れて俺も嬉しい、贈り物されて奥さんも嬉しい、夫婦仲が良くなったら子供も嬉しい、そうだろ?」
 唖然としてアリアは少年を見つめた。とんでもない勘違いをされている。
 どう言ったものか。ギルフォードが充分な代価を払った以上、少年の勝手な言い分など無視しても構わないはずだが、なんとなく立ち去りがたい気分だった。思いも寄らない突飛な発言に、ムキになったと言った方がいいだろう。少年の勘違いを綺麗に否定するにはどうしたものか、アリアは動揺で半分埋め尽くされた脳内を必死に検索した。
 だが、考え初めてものの三秒も経たないうちに、アリアは飛び上がって驚く羽目になる。
「これは気付かなかった。気が利かなくて悪いね、アリア」
 楽しそうに言い、ギルフォードはアリアに――慈愛たっぷりの笑顔を見せた。聞き慣れない言葉遣いも相まって、アリアの顔に一気に血が昇る。微妙に艶の混じった目に、心臓が破裂しそうな勢いで跳ね上がった。
(殺される……!)
 これ以上ギルフォードを見続けたら、間違いなく悶絶死する。瞬時にそう判断したアリアは、速攻で彼から視線を外した。殺人的な流し目とはこのことだと、激しく打つ胸に手を当てる。ギルフォードの背から、少女が不思議そうな目を向けていたことにも気付かずに、アリアはその場にしゃがみ込んだ。
 アリアの奇妙な行動を余所に、ギルフォードは店先に並べられた商品を手にとってじっくりと眺めた。
「素材は二流ですが、加工はなかなか上手くしたものですね」
「ちぇっ、キツイなぁ」
「いいえ、褒めてますよ。質の良い宝石はそうそう簡単に流れませんから、そうすると後は加工とセンスの問題ということになります。これだけ出来れば上出来ですよ。デザインはセーリカ風ですね」
「うん。じっちゃんはセーリカの細工師のところで修行してたって言ってた。あそこは細工物にかけちゃ他より凄いからな。俺も行ってみてー」
「私はセーリカ出身ですよ。そうですね、有名な工房もありますから、一度は行くべきでしょう。……ああ、それでは、これをいただきますね」
 一品、選んだ品を少年に渡す。受け取って、少年は破顔した。
「良い趣味してるねぇ。これ、俺もいい出来だと思ってる。奥さんにも似合うよ」
「ありがとう」
 品を受け取ったギルフォードは、頭を抱えてしゃがみこんでいるアリアの肩を軽く叩いた。
「アリア? これで機嫌直してくれるかな?」
「うう……」
 殊更に優しい声に、アリアは唸り声を上げた。正直、背中がぞわぞわとする。
「ごめんなさい。もう変な勘ぐりしませんから、許して下さい」
「勘ぐりって?」
「ギルフォードさん、実は隠し子居るんじゃないかとか」
 やはり、とギルフォードはじと目で睨む。身を小さくしながらも、そこに色気が消失したのを認めて、アリアはなんとなしに胸をなで下ろした。
「本当に、アリアは妙なことを考えるな。私が子供を背負い慣れてるのは、孤児院育ちだからだよ。あそこは、年長の者が下の面倒みなきゃいけなかったから」
 言って、アリアの顔をのぞき込む。
「わかった?」
「近いです、近いです。判りましたので、お願いですからちょっと離れて下さい。それでもって、おかしな言葉遣いを戻して下さい」
「おかしな、って、殿下の真似なのですが……ぽやんとなりませんでした?」


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