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「護衛がお前ひとりじゃ心許ないからな。途中でアッシュに合流させるから、あんまり速く進みすぎるなよ」
「ええっ!?」
 むしろ隣にいたユランがびくりとする勢いで、マリクは悲鳴に近い声を上げた。慌てて、ネイトが彼の口を塞ぐ。
「お前、声、でかいぞ」
「すみません。って、いや、その、アッシュさんが来るって、ホントですか……」
「他の奴らにゃ、頼めんだろ。他に任務があるか、信用しきれんかでな。そこんとこ、あいつはいつも団長の護衛が多いから、暇してるだろうしな」
「あの、しかし、私はあのヒトの部隊じゃありませんし、第一あのヒト、怖す、いえ、その、た、隊長では駄目なのですか?」
 背後のネイトに縋るような目が向けられる。しかし、肝腎の隊長の方は如何にもわざとらしく、あらぬ方に視線を彷徨わせて拒絶の意を示した。代わってヨゼルが、威圧を含ませつつ腰に手を当ててマリクの前に立ちはだかる。
「我が儘言ってる場合じゃないだろ。それとも、お前ひとりでティエンシャ公を護りきれるのか?」
「は、はい、いえ、その」
 一歩後退り、マリクは何度も無駄に、口を開閉させた。しかし、結局言葉が見つからなかったのだろう。或いは上からの命令には逆らえない軍人根性が、拒絶の意志を上回ったのかもしれない。
「……、……わかりました」
 がっくりと肩を落とすマリク。反論したい、断りたい、しかしできるわけがない。そういった諦めにも似た悲壮感が全身から漂っている。ヨゼルは苦笑し、ネイトはそっぽ向き、ギルフォードは困ったように頬を掻いた。ユランだけが、判らないという表情で立ちつくしている。
「ま、これを期に、戦闘技術でも磨くんだな」
 ヨゼルが軽く手を叩き、本来の任務に戻るように促す。深いため息を吐きながらも、マリクはユラン・ティエンシャを促して馬の元へ誘導した。目立たない栗毛の馬だが、選ばれて来たということは相当の駿馬なのだろう。
 なんとなしにそれを見送り、ギルフォードはひとすじの光に目を細めた。
「夜明けですね」
 徹夜だ、とヨゼルが同意を示す。木と背の高い草の間から覗き見える、白く目映い陽光。それに触発されたわけではないが、ふと思い出し、ギルフォードは馬上の人となったユランの元へ駆け寄った。
「どうしました?」
「ティエンシャ公、もうひとつだけ」
 大きく息を吸い、ギルフォードは自分の知っている事実を、思いのままに口にした。
「オービー・ルッツをご存じで?」
「知ってますよ。うちの騎士団員でしょう」
「彼の出身地も?」
「……」
 ユランは、目を眇めたようだった。
「……そういえば、あなたも元はセーリカ騎士団でしたね」
 頷き、ギルフォードは唾を飲む。やはり知っていたか、と推測が確信に変わる。
 オービー・ルッツのセーリカ騎士団時代を知るものは少ない。在籍が短かったこともあるが、さほど目立たない男だったというのが一番の理由だろう。ギルフォードが覚えていたのも、同時期の入団だったからという偶然の要素が大きかった。思い出して尚も、同姓同名の別人か、自分が覚え間違いをしているのではないかと、散々悩んだものである。
「では何故、それを訴えなかったのですか?」
「私が言ったところで、意味がないんですよ。現在はティエンシャ騎士団員です。その事実は動かせません。彼が今もセーリカと繋がっているのは疑惑だけで、確たる証拠はありません。ですから、彼の過去に使い道があるとしたら、それは第三者の口から証言されるものである必要があったんです」
「つまり、あなたは知らなかった、ということが大前提ということですか」
「追い詰められた先で、はじめて明かされる意外な情報というのは、劇的な要素を含んで持っている以上の効果を発揮するんですよ。フェルハーン殿下にはそれとなく詳細を調べておくようにお願いしましたが、さて、有効に使ってもらえたか、使う前なのか、どっちでしょうね」
 彼なら効果的に使ってもらえそうだと、ギルフォードは浮かんできた笑みを堪えるように俯いた。そうしてそのまま、頭を下げて礼を示す。ユランは、少し笑ったようだった。
「無理するんじゃないぞ」
 ユランと同じく、目立たない馬に跨ったマリクに、ヨゼルが笑い含みに言葉をかける。
「面倒なことは仏頂面に任せて、お前はティエンシャ公を連れて逃げりゃいい」
「了解いたしました」
 無理矢理作ったような生真面目な顔で、マリクは上官に敬礼した。ヨゼルやネイトもまた挙手の礼を返し、そうして、馬は背を向けて歩み出す。最後にユランが、振り返って深く頭を下げた。
 乾いた砂が舞い上がり、視界を薄く煙らせる。小さくなる人影を目を細めて追いながら、ギルフォードは緩く頭振った。
「……やれやれ、ですね」
「まったく。超過勤務ですよ。――時間外手当を請求すべき上官殿は、今頃どこをほっつき歩いてるんでしょうかね」
「帰ってきたら、私の分も上乗せして請求しておいてください」
 ギルフォードの言葉に片方の眉と口端を上げ、ヨゼルは日の差す方向へと目を向けた。空は確実に、白さを増している。
「それじゃついでに、全員揃うことができたら、盛大に奢っていただくとしましょうかね」
「そりゃ、――いいですね」
 笑い、ネイトもまた眩しそうに目を細めた。




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