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「9年前から、特別機動隊はふたつに分かれてんのさ。内勤と外勤で内勤が第一隊。俺たちは外勤の第二隊。外へ出て諸事に当たれってことだ」
「……」
「内勤は貴族の子弟の集団だな。お飾り軍人だ。言ってみりゃ、国王の取り巻きだ。そんな奴らのおべんちゃらから出た思いつきを実行させられるのが俺たちだ。無茶苦茶莫迦な命令が多いから、俺たちも莫迦しなきゃならねぇ。だが命令は絶対だ。それに文句を言う奴は隊には入れん」
 言い切り、アルベルトは唇を引き結んだ。それがどんな無理難題だとしても、隊に所属する間は従わなければならない。嫌であるならば今の内に田舎に引き返せ、と彼は言っているのだ。
 腹芸の苦手な無骨者に見えて実に巧みだ、とラウルは思った。仕事も何も知らぬ新人に、どう考えてもおかしいと判っていることの守護者となり、体を張って憎まれ役となる、そんな隊の姿を見せつければ、殆どの者は尻込みして去っていくだろう。或いは正義感の強い者なら、こんな仕事やってはおれぬと罵るかもしれない。
 言葉だけでは判らないことを実感してもらうために、アルベルトはラウルを強引に連れて行ったというだけではなかったのだ。おそらくはこれまで門戸を叩いた他の新人にもしていたことなのだろう。
 誰に感謝されるわけでもなく反対に憎まれ、更には何の権利も栄誉もない、そんな仕事を誰が続けたいと思うだろうか。
 そこまでを考え、ラウルはふ、と頬を弛ませた。
「……何を笑ってる」
 いっそ気味悪げに、アルベルトは顔を顰めてラウルを見つめた。他の3人も、そこに興味が入り交じってはいるものの、殆ど似たり寄ったりの表情である。
 ラウルはそんな彼らを可笑しそうに見回し、最後にアルベルトへと向き直った。
「いい人なんだな、と思いまして」
「は?」
「いや、だって、こんなにも意味がない上に辛い仕事なんだぞ、やめとけよ、って貴重な新人に言ってるんでしょ? 人が増えたら仕事だって分散できるのに、それをわざわざ自分たちから退けるって、お人好しにもほどがありますよ」
 笑わずにはいられないとばかりにラウルは口元を手で押さえた。そうしておいて、どこか探る目で仏頂面の男を睨む。
「そんなに嫌な仕事なのに、なんで先輩方は投げ出さないんですかね?」
「それは、気にするところか?」
「しますよ。僕、じゃない、私が尻尾巻いて帰るかどうかは、それを聞いてからです」
 言いながらも、ラウルにはある程度の予想はついている。
 先ほどの市での騒ぎが判りやすい例だと言える。あの騒ぎに乗り込んだとき、剣と権威を振りかざせばもっと早くに強制的に追い払うことが出来ただろう。だがアルベルトは態度を持って諭して帰らせた。結果は同じだとしても方法はいろいろあるということで、つまり彼らが特別機動隊第二隊に居座り続ける理由はそこにあるのだろう。
 だがおそらくアルベルトは素直に言いはしない。同時にそんな核心が当たっていることもまた、ラウルは彼のしかめ面から読み取っていた。
「金のためだ」
 吐き捨てるように呟き、アルベルトは席を立つ。
「くだらんことを喋ってる暇はない。猶予をくれてやる。明日までに、田舎に帰る準備をしておけ。所属変更許可証は明日までに書いておいてやる」
「え、選択の余地なしですか!?」
「口だけの奴はいらん」
 言い捨て、そうしてアルベルトは奥の扉を閉めた。鈍い音と共に、壁が軋む。
 肩を竦め、彼からの一方的な拒絶をやり過ごしたラウルは、数秒後に深々と息を吐き出した。
「おっかねぇなー……」
 思わず出た本音に思うところがあったのだろう。周囲で三種類の微苦笑が空気を震わせた。
「いつもああなんですか?」
「まぁ、そうだね」
「単なる忠告だ」
「あの人の仏頂面は普通顔だからなー」
 それぞれ、性格が出ているような返事である。なかなかに気安い雰囲気であるためか、ラウルもつられて笑う。
「いろいろ勿体ない人っぽいですね」
「いろいろ残念な面もそのうち出てくるぞ。えーっと……、お前、名前なんての?」
「え!? あ、そうでした!」
 ここへきて、アルベルト以外には名乗っていないことを思い出し、敬礼を取る。
「ラウル・アルバです。えーと、よろしくお願いします」
「ふーん、まぁ、隊長じゃないけどさ、こんな仕事やってられっか、って逃げねぇの?」
 問う男の目線は、口調ほどには軽くはない。
 ストレートな言葉に、ラウルは先ほどのやりとりを思い出して微笑した。アルベルトはにべもなく突き放して去っていったが、部下は部下で、思うところがあるのだろう。
「嫌われるのはごめんしたいところですけど、僕の方にも都合があるというか、正直親も両方死んでますし親戚もろくなのがいないというのもあって、どうしようもないというか」
「……身も蓋もないな」
「それに、言ったら絶対追い出されると思って言わなかったんですけど」
「ん?」
「実は隊長さんにお世話になったことがありまして、いや、ちょっと話しただけなんですけどそれで凄く気が楽になったことがあって、そんで、隊長さんの下で働きたいなーと思ったりなんかもしたんです」
「……隊長、それ、覚えてるっぽい?」
「いや、ぜーんぜん、全く記憶にもなさそうです」
 大げさに手を振りがっくりと肩を落とせば、それまで無表情に近かった背の低い男までが口元に笑みを浮かべた。表現が可笑しかったというよりは、アルベルトならあり得る、という身内ならではの生暖かい微苦笑なのだろう。
「あ、でも、隊長さんには内緒でお願いします」
「あー、了解。あー、じゃあ、こっちの自己紹介だな。俺はカルロス・ナバレッテだ。よろしくな」
 長身痩躯の男が、癖のある固そうな赤茶の髪を揺らして笑う。細長い印象なのは体型だけでなく、顔もどこか引き延ばしたように縦に長い。飄々とした印象だが、明らかに気遣って喋っているあたり気配り上手なのだろう。
「こっちはボリス・バッサーノ。ちょい無口だけど、まぁ、気にしないでやってくれ」
「……よろしく」
 ぼそぼそと呟くように、先ほど笑った背の低い男が僅かに会釈する。筋骨隆々とまではいかないが、如何にも力強そうな厚みのある体型だ。市場で初めにアルベルトに近づいてきた凸凹コンビはどうも同じ年代なのか、もうひとりと比べて互いに気安い印象である。
 その残るひとり、綺麗な金髪に茶色の目、どこか女性的な男はフェレ・カンパーノと名乗った。ラウルを除けば一番若い25歳だという。


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