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 2.


 翌日、詰め所へやって来たラウルは、昨日よりも遙かに乱れた感じの室内に何度か瞬くこととなった。
「まさか、隊長さんが嫌がって暴れて……ってことはないよね」
「さすがにそりゃないなぁー」
「わ」
 独り言に対する思わぬ返答に、ラウルは慌てて声の方を向いた。
「えーと、カルロスさん?」
「お。よく覚えてたな。まぁ何にせよ、おはよう」
「おはようございます。ええと、それで何かあったんですか? 僕が昨日帰った時よりいろいろ雑然としているというか、汚くなってるっていうか、物取りに荒らされたみたいというか」
 正確に言えば、さほど広くもない共同スペースの机の上に、溢れんばかりの小物が積み上げられているといった状態である。壁際のレールに一応並べられていたはずの外套なども椅子の上に放り出されている始末だ。
 そもそも特別機動隊の待機場所は、本来王宮内にあるはずである。故にこの詰め所自体がおかしな存在であり、どういう経緯で使用に至ったのかもラウルには知らされていない。判っているのはかなり古く汚い建物でありながら、王宮の事務方にも認知された「第二隊の正式な詰め所」であり、第二隊のメンバーのたまり場となっているということだけである。
 困惑するラウルを前に、カルロスは作業の手を休めないまま皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「突然出張のお知らせがあったんだよ」
「出張?」
「離宮までのお使い」
 返答ではあるが説明にはなっていない言葉に、ラウルは大きく首を傾げた。嫌がらせに隠しているわけではなさそうだが、カルロスの顔は如何にも含みがある表情である。
 だが、どういうことかと問う前に、奥の扉が鈍い音を立てて開かれた。
「……許可証を取りに来たのか」
「違いますよ!」
 出てきたのはアルベルトで、それを見てカルロスはそそくさと部屋の隅へと移動した。この後に起こる厄介事を避けてというよりは、高みの見物に入るような位置である。
 残されたラウルが口を尖らせながら挨拶をすると、アルベルトは若干面食らったように顎を引いたようだった。
「田舎へ帰れといったはずだが?」
「口だけ人間ではないので、隊に不要ではないと判断しました」
「自惚れも大概にしろ」
「少なくとも、昨日のあれを見ても僕の気持ちは変わりませんでした。口だけじゃない証拠でしょう?」
 言い切り、唇を引き結び、一歩も引かない姿勢を見せると、アルベルトはあからさまに大きくため息を吐いた。そうして額に手を当て大きく頭振ったのは、彼の表現が大げさと言うよりも心底呆れたためだろう。つまりはラウルが辞める気など全くないことを理解したということだ。
 もう一押しかと、心持ち前のめりにラウルはアルベルトへと近づいた。そうして、しかつめらしい顔を作る。
「帰る場所はあるにはあるんですが、誰も歓迎してくれないんですよ。隊長はそれでも僕を追い出すんですか?」
「……」
 さすがに、アルベルトはぐっと喉を詰まらせたようだった。そのまま一秒、二秒、睨み合ったままの沈黙が続き、部屋の中もしんと静まりかえる。
 やがて、部屋の隅で紙が擦れる音を切っ掛けに、うなり声を上げたのはアルベルトだった。
「……1年間は見習いだ。それでよければ勝手にしろ」
「「やったぁ!」」
 何故か綺麗に重なった声に、アルベルトの目が鋭く対角の隅に走る。
「……カルロス」
「いえいえいえ。俺のは『やったぁ、探してた物が見つかったぞ』の『やったぁ!』ですから、はい」
「何が見つかったんですか?」
「オイコラ、裏切りもん」
 如何にも機嫌良さそうに横やりを入れたラウルに、カルロスが低くぼやく。勿論わざとのことであり、軽い意趣返しだ。
 故に不毛な言葉遊びを続ける気もなく、すぐにラウルはアルベルトへと向き直った。
「それで、出張とは聞きましたけど、なんでここまで部屋が荒れちゃってるんですか?」
「離宮に行くからだ」
「……えー、なに、この似たもの主従」
「いや、主従じゃないし、俺はわざとだし」
「あ。はぐらかしたの認めた」
 揚げ足を取るラウルに、カルロスが蹴る真似をする。もともと当てるつもりもなかっただろうそれを大げさに避けつつ、ラウルは広く間の空いた入り口付近へと避難した。
 そうして改めて部屋の中を見回し、出された物の法則性を見いだして手を叩く。
「あ、そうか。離宮って寒いところにあるんでしたっけ」
「そうだ。北東の山の方にある。それなりに標高も上がるから、この時期はもうだいぶ寒くなっているはずだ」
「うーん? 防寒具は判りますけど、何で捕縛用具やらがあるんです? まさか、山賊退治?」
「さすがにそれは軍の方の仕事だ。俺たちは離宮作成のための作業員を現場まで届けるのが役目だ」
 要は行程での道案内かと思えば、無造作に置かれている拘束具や緊急連絡用らしき鏑矢の理由が付かない。その矛盾をそうでなくす回答はおおまかにわけてふたつだ。
「ええと、作業員として送られるのは逃げる方か狙われる方かどちらですか」
「後者だ。この間財務の総責任者選出で負けた方だ」
「ああ、……」
 頷き、ラウルは顔を顰めて額を掻いた。立場を利用して汚職に走っていた前任者の急死後、同派閥の出身者と無関係の立候補者の間で、国の財政に携わる重要ポストが争われたのは記憶に新しい。
 治水を初めとした公共事業の重要性を訴えていた前者の有言不実行ぶりはどこでも有名な話だったが、果たして王都の民の意見はどうか、――とアルベルトとカルロスの顔へ視線を往復させたラウルは、そのあからさまな表情に苦笑することとなった。
「また意味もなく高級住宅地や貴族領地の領主館あたりが豪華になりそうですね」
「まったくだ」
「でも、戦いに負けて窓際に追いやられるのは判りますけど、何で離宮の建設に向かわせるんです?」
「さぁな」
 派閥争いに負けた者の末路に口出しできる立場ではないと言わんばかりに、アルベルトは考える気もなさそうな顔で頭振った。彼にとっての問題は、送る者をいかにして無事に離宮へ届けるか、だ。
 だが、とラウルは目を細めた。


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