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 意図を悟ったラウルが彼に迫る賊を射ると、肉薄していた人の壁は見事に左右に割れた。そうしてそこに出来た道をアルベルトが奥へと突き進む。
「――ひっ!」
 そうして槍が一閃。あまりに早い攻撃に身構える暇もなかったのだろう。中途半端に得物を手にした状態のまま、賊の奥に居た人物はあっけなく崩れ落ちた。それを見て、賊のひとりが鋭く舌を打つ。
「まだ、やるかい?」
 そう問いかけたのはカルロスだ。いつの間にか後方からの攻撃は止み、ボリスが馬車の出入り口の手前で仁王立ちしている。フェレは、とラウルが周囲を見回せば、彼もまたカルロスとは逆の方向で賊のひとりを捕らえていた。
(早い)
 後方の敵を一掃し、迂回して近づいたようである。後ろからの弓の攻撃が少人数の囮だったとしても、かなり手際が良いと言わざるを得ない。
 なるほど、これなら確かに、新入りの戦闘経験など気にする必要もないと頷ける。いざとなれば放っておけばいいからだ。
 ラウルが感心したのと同様に、賊も劣勢を認めたのだろう。ひとり突出したアルベルトの周りを囲ってはいるが、手を出しあぐねているようだ。少し離れた場所から見ているラウルの目からしても、アルベルトには如何にも隙がない。
 く、と賊のひとりが唸ったようだった。そこに戦意が消えゆくのを認めて、カルロスとフェレが同時に得物を引く。
「失せろ」
 賊にしてみれば、言われるまでもなくといったところか。警戒したままじりじりと後退し、やがて彼らは一気に逃げ去っていった。
「捕らえないんですか」
「そういう仕事は言われてない。それよりも、あいつらを縛る用意をしろ」
 冷めた目で見送ったアルベルトの声に感情は含まれていない。放置しておけば近隣の村や町に被害が及ぶのは明らかだが、討伐のための装備や情報がない現状では、確かに深追いするだけ無駄と言える。正義感だけで物事が上手くいくほど、現実世界は甘くないものだ。
 予め馬車に積んでいた道具を用いて、逃げ遅れた賊を拘束しながら、ラウルは死体の中のひとつを見下ろして呟いた。
「賊、じゃないな」
 明らかに服装が違う。
「賊の頭を狙ったのかと思ってましたけど、違ったんですね」
「突っ込んだとき、武装してない奴が見えたからな」
 どう見ても商人でもない一行、それも武装した護衛のついている馬車を狙う理由は盗賊にはない。故に賊と彼らに依頼した者とのつなぎ役、或いは見届け役と判断して狙ったとのことだ。
 だが、それならばそうと、ラウルには腑に落ちないことがある。
「何故殺したのですか? 生かしておけば雇い主もわかったでしょう?」
「時間の無駄だ」
 言い切り、アルベルトは死体の服を漁る。
「俺たちの任務は、馬車の中にいる者たちを離宮に届けることだ。判りきってる黒幕の犯罪の証拠を掴むためじゃねぇ」
「でも」
「そして、俺の役目はお前たちの生存率を上げる作戦を選択することだ。あれこれ画策して戦闘を長引かせるわけにはいかねぇ。賊を早く撤収させるには、雇い主との繋がりを切ればいい。それだけだ」
 自分の周囲にいる人間だけを守れればよい、とも取れる言葉だがそれだけではないだろう。アルベルトの淡々とした態度には、諦観が滲み出ていた。おそらくは今までにも同じような状況があり、そうしてラウルの言う理想の展開を追求した結果を熟知しているのだろう。
 ――末端の残した手がかりから尻尾を掴もうとしても、あっさりと切られるだけということだ。余計な目を付けられるという副作用も付いてくる可能性が高い。
 そうして複雑な表情で手を止めていたラウルに声をかけたのは、予想外の人物だった。
「よく、判っているじゃないか」
 パオラである。
「慣れているな」
 言葉に含まれているのは苦味だ。アルベルトの行動とラウルの予想を肯定する形となったそれは、彼女自身が最も身に染みていることなのだろう。
 鉄格子の向こうを覗き込んだラウルは、思いがけぬほど穏やかなパオラの顔に、思わず何度か瞬いた。
「なんだ、少年」
「……いえ」
「判りやすい行動は好ましいが、少しは君の隊長を見習って狡猾になることだ」
 言い、高く笑う。男のように短い髪は牢に入れられる際に切られたためということだが、それを気にした様子もなく悪戯小僧のように大口を開けている。一応は新興貴族ではなかったかと思えば、彼女はそれを察したようににやりと口端を曲げた。
「腹の探り合いは宮廷の中で充分だ。さて少年、ものは相談だが、どうせ止まっているなら、少しばかり外の空気を吸わせてはくれないか?」
「え。……それは、ええと」
「いいんじゃないか? おーい、隊長! ちょっと休憩、いいっすよね!?」
 いつの間にか近づいていたカルロスが、少し離れた場所で作業していたアルベルトに声をかける。
「馬車の中で座ってて、尻痛いんだってさ!」
「ちょ……、カルロスさん!」
「あはははは、その通りだ。構わぬか?」
 豪快に肯定したパオラの声を聞き、アルベルトは肩を竦めたようだった。勝手にしろ、とばかりの投げやりな表情だが、さすがに立場上受刑者を好きにさせるわけにはいかなかったのだろう。結局、ひとりずつ馬車に残すという条件で垂布を固定していた紐が解かれ、パオラたちは順に馬車から足を降ろすこととなった。
「ああ、いい空気だ」
 どうせなら、と昼食の準備を始めたアルベルトたちを横に、パオラは大きく伸びをする。背が高く肩幅が広いあたりは些か男性的なシルエットだが、やはり全体的な線は細い。
「うーん、そこそこ美人なんだけど、勿体ないなぁ」
「……何言ってんですか」
「よし、ラウル。お前、あいつらの監視してこい」
「え」
 何のために馬車の中にひとり――人質を残す条件を加えたのか判らない言葉に、ラウルは目を細くした。だがそれを見て、カルロスは小さく鼻で嗤う。
「莫迦。彼女はいいんだよ。けどおっさんの方が不平たらたらだろ。もめ事は勘弁だ。だから、間に入っとけ」
 潜められた声に、ラウルは僅かに赤面した。カルロスの本音かどうかは定かではないが、一理あることは確かだったからだ。
 そうしてラウルは、水を配るという名目でパオラたちの方へと近づいた。
「どうぞ」
「ほう、妙にいい待遇だな」
「……何も入ってませんよ。ただの水です」
「判ってるさ」


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