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 そうして最後にパオラが小さく礼をして、その後、その場で言葉が交わされることはなかった。

 *

 その後は数度襲撃に遭った一行だったが、はじめと同じく無難に場を切り抜け、2日後、誰一人欠けることなく無事に東の離宮にたどり着いた。まだろくに開発されていない周辺にはまさに森しかなく、異様に高く堅固に造られた塀に違和感を感じるほどだ。
「我々はここまでです」
 入り口で待ちかまえていた離宮担当の警備兵を前に馬車を空にしたアルベルトが、無愛想なまでに平坦な声でパオラたちに告げる。トレグローサ他数名はわだかまりを残したように終始無言だったが、パオラだけはにこやかに特別機動隊の面々を見回した。
「ここまで、世話になった」
「いえ、任務を遂行したまでです」
「そうだったな。まぁ、君たちも健勝で」
 もともと、馴れ合うような仲ではない。パオラらしい労いの後、彼女はあっさりとアルベルトたちの前を通り過ぎ、離宮の敷地内へと消えていった。
 そうして最後の者が境界を越え、警備兵が無言で門を閉じる。見届け、ラウルはふ、と深く息を吐いた。
「そういえば、離宮であの方たちはどういった仕事を割り振られるんでしょうか」
 行ってしまった、というような感慨まではない。ただ、パオラには若干の同情と親近感を感じていた。
「さぁな。現場監督とか牢のおっさんは言ってたけどなぁ。隊長、知ってます?」
「知らん。が、多分大きな意味では間違ってないだろう」
 どういうことかと部下達に見つめられ、アルベルトはう、と唸ったようだった。
「正確には、離宮と言ってもまだない。基礎と工事を行う者の為の建物が造られたところだ。この門が頑丈なだけの急拵えであるのと同じ程度でな」
「でも、そういうのは工事の担当がするんじゃないんですかね?」
「ここは町から随分離れている。労働者たちの全体的な生活や資金のやりくり、その他の管理が必要だが、こんな場所に来たがる官吏はいないといったところなんだろう」
 離宮の建設とは言え、人里離れた山の中という条件から言えば開拓に近いものがある。確かに、贅沢と便利な生活に慣れた王宮の役人たちの手には余るだろう。それはおそらくパオラ・ウルツビラたちにも同じと言えるが、それはむしろ、失敗して何らかの責任が刑に加わることを前提とされているに違いない。
 多難だな、と思いつつ、ラウルは彼女たちが見事与えられた役割をこなすことを願う。
「でもそもそも、離宮って必要なんですかねぇ」
 基本的にハーロウ国の気候は穏やかだ。北から北東、東、南東で隣国と分ける峻険な山の周辺はともかくとして、平野部では夏でも夜寝苦しいということはなく、冬に至っては雪も降らない。他国にあるように、避暑、或いは避寒のための別邸というのが必要のないくらいだ。
 それを思えばもっともなカルロスの疑問に、ラウルは首を傾げてフェレを見た。
「一応、病弱な王妃の静養のためということらしいよ」
 苦笑しながら、フェレは言う。
「もっとも、国王が愛人を囲うために邪魔な王妃を遠くへやるためっていう話もあるけどね」
「王妃って、確か北の国からやってきた人ですよね? 病弱なんて話聞いたこともないですけど」
「だから、愛人云々の邪推が広まってるんだよ」
「あー、そういや王妃は、気が強くて政治軍事に口を出すうるさ型の醜女だって話が何年か前に出てたなぁ。嫁ぎ先に困ってた北の王に話持ちかけて、持参金がっぽりせしめたとかなんとか」
「うわぁ……」
 すごい噂だ、とラウルは頭を抱えた。傀儡状態の国王はともかくとして、一国の王族を金の塊として扱う権力者達の傲慢ぶりには呆れ果てる。
「でもそれだと、離宮なんかに追いやったら北の国が怒りません?」
「だからこそ、いろいろ理由を付けるにしろ、王妃を王宮から実質追い出すには、北の国への体裁がそれなりに必要なんだよ」
「つまり?」
「無駄に豪勢に作る必要がある」
「うわぁ」
 本当に無駄だ、と呟き、ラウルは強く頭振った。フェレの情報が本当だとすれば、実にくだらない理由で離宮建造を計画し、それを取り繕うために手間暇をかけるということになる。その、なんと莫迦莫迦しいことか。物資と人材と時間の虚しい浪費、とはまさにこのことだろう。
「まだ他の国みたいに豪華な避暑地、とか言う方が納得できるなぁ」
「似たようなもんだ」
 低い声の突っ込みに、ラウルは慌ててその方を向いた。
「離宮ほどのものを建てることはねぇだろうが、愛人のための別邸というのなら、他の国でもいくらでも例はある」
「え」
「莫迦莫迦しい話だが、権力と金があるというのはそういうもんだ。」
 断言するアルベルトからは、単なる知識以上の感想が含まれている。気づき、ラウルは何度か瞬いた。
「隊長さん、もしかして他の国に居たことがあるんですか?」
「昔、少しだけだ」
 言い捨てるアルベルトの表情に、懐かしげなものはない。それでも僅かに目を細めているのは、脳裏を過ぎる思い出があるということだろう。
 続きを問うような部下達の視線に、しかし彼は緩く頭振った。
「そろそろ帰るぞ」
 言い、馬首を返す。
 野宿にもそれなりの場所を選ぶ必要がある。そうして前日の宿営地までの距離を思い出した面々は、慌ててアルベルトの後を追った。


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