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 先日第一隊が起こした事件に加え、更に評価を下げる情報が飛び交い、次第に住民達により作られた環はじりじりと縮まっていった。
「実力行使は……」
「止めろ」
「だよなー」
 こんな状況でも落ち着いているのは、カルロスにしろボリスにしろ、なりふり構わずであれば強引に切り抜けられる自信があるからだろう。生憎とその域に達していないラウルは、住民達の殺気立った視線に顔が引き攣るばかりである。
 だが幸いにか、そんな緊迫感溢れる状況は、長くは続かなかった。
「え、なに、これ!?」
 ふと、ここ数時間の間に聞き慣れた声が響く。
「え、あ、ああ!? おっちゃん、居た! なにしてんだよ!」
 ざわりと人垣が揺れ、皆が注目した方向に割れる。その隙間から現れたのはやはり、詰め所で恐怖体験をしたばかりの少年だった。危ないと制止する知人の壁を抜けて、ボリスの前に立つ。
「遅いからてっきり逃げ出したと思ったぜ」
「すまん」
 少年の言葉に真正面から対応したのはボリスだ。鞭役だったカルロスは波風を起こさないようにそっぽむいている。そうしながらも、ちびったくせに、と小さく突っ込みを入れているあたりは若干大人げない。
「おっちゃんら、なんかやらかした?」
「いや、誤解を受けている」
「あー……、まぁしゃーないんじゃないかなぁ」
「だがこれでは話が進まない」
「だよねぇ」
 苦笑しながら周囲をぐるりと眺め回す少年は、カルロスとボリスによる強引な説得の末、一応は第二隊の無実を信じていてくれる。とは言え、大人に、ましてや大人数に同じ方法が通じるわけもなく、それを思い彼も困惑しているのだ。
「おい、トニ。どうしたんだ?」
「叔父さん」
「……なんだ、あいつら、また来やがったのか。トニ、危ないからこっち来い」
「あー、えっと……」
 群衆の中から一歩前に出てきた男に向け、少年、ことトニがポリポリと頬を掻く。
「まぁいいや、叔父さん、ちょっとこの人たち家に連れて行くよ」
「は!?」
「この人たち、前の人たちとは違うんだよ。ちょっと話が聞きたいんだって」
「って、お前なんでそんなこと」
「いいからいいから、行こ」
 言いながら、掴む袖はボリスのものだ。自ら手を伸ばして4人を誘導する少年を見て、周囲の大人達は息を呑む。だが誰も体を張って止めようとはしなかった。この状況ではさすがに、危ないとも離れなさいとも言いづらいものがあるのだろう。
 これ幸いと、トニに付いて4人は狭い道を移動した。後ろから付いて歩く”叔父”の視線は憎々しげだが、第二隊のメンバーにとってはどうということもない。先ほどの殺意まで込められたものとは異なり、その程度のものはある意味ぶつけられ慣れている。
 今にも崩れそうな建物の間を抜け、好き放題に草の伸びた庭を通り抜けると、少しばかり広い空間が現れた。その周辺を取り囲むように統一感のない家が並んでいる。
「住み心地悪そうには見えないけど、……ちょっと家の強度とかが難だね」
 見回し、ラウルは小さく感想を呟いた。それを耳にしたトニが口を尖らせる。
「仕方ないじゃん。専門の建築家なんて呼べないんだから」
「じゃあどうやって?」
「出身地の村で作ってたのと同じ方法で、材料持ち寄って出来てんだよ」
 後ろから飛んできた答えに、ラウルは背後へと首を捻る。睨み付けてくる目は変わらずだが、しばらく歩くうちに、ラウルたちに害意がないことくらいはさすがに判ったのだろう。
「うーん、だから統一感がないのかぁ」
「住んでた土地を奪われる際与えられる援助金など、当てにならん。それで中心部の街並みに合わせたものを作るなど不可能だ」
「代わりの家とかは斡旋されないんですよね?」
「国の全ての土地は国王と貴族の物、だからそれを自由にして何が悪い、金をやるだけありがたく思えってわけさ」
「なるほど。あなたもそうやって追われたんですか?」
「そうさ。領主の私兵どもが突然やってくるまで何の前触れもなかった。家財道具まとめる暇もなかったさ。村の半数はオレと同じだったが、残った連中も結局無茶苦茶な税を払えずに土地を奪われて、今じゃ小作農ばかりだ。寄生地主は領主の子飼いだって話だな」
「あなたはそうなるのが嫌で従って村を出たんですか?」
「いや、オレは――」
 言いかけ、男ははっとしたように目を見開いた。
「なんでお前らに、こんな話をしてやらなきゃならねぇんだ」
「……あらら」
 更に目を細めた男に、ラウルは小さく肩を竦めた。情報収集をしているつもりはなかったが、聞きたいことを聞けば内容がそうなってしまうのは致し方ない。カルロスなどは何を期待していたのか、あからさまに残念そうな顔をしている。
「トニはどう?」
「おい……」
「えー、オレはここしか知んねーからなぁ」
 子供らしく、深く考えもせずにトニは首を傾げた。
「それより、オレん宅、あそこ! おーい、父ちゃん!」
 言い、トニはボリスの袖を離す。釣られたように大人達は、急に駆けだした少年の向かう方向へと顔を向けた。
「トニ、無事で……」
「当たり前じゃん!」
「……こんにちは」
 代表して挨拶を口にしたのはボリスである。愛想という点からすればフェレこそが適任なのだが、今回はこの近辺の事情に詳しい者に委ねたようだった。交渉技術もなにもなさそうな男ではあるが、相手の立場に理解を示すという姿勢を見せるには今回最も判りやすいと言える。
 既にトニから話を聞いているのか、若干強ばった表情を見せながらも、父親の態度は冷静だった。
「どうも。トニの父でエンリケです」
 見るからに腕っ節の強そうな体格とそれに見合った強面だが、迫力から言えばアルベルトには及ばない。どちらかといえば漂う雰囲気は柔らかい方だ。そんな外見のうちで注目すべきは、やはり全身の至るところにある傷だろう。中でも一番酷い怪我は右足の脹ら脛なのか、立ってはいるが、重心がやや左に傾いている。
 トニによればこれでもマシな方ということであるから、他の怪我人については推して知るべし、といったところか。
 好意的とはほど遠いながらも、一応は話を聞く姿勢を見せているエンリケに感謝を述べつつ、ボリスは特別機動隊の面々を紹介した。

 *

「――話はわかりました」


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