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 城門を出て歩き続けること1時間と少し、ようやく足を止めたアルベルトが示したのは、いつ遺棄されたとも知れぬ村の跡地だった。好き放題に草の伸びた廃屋が、若干均された土の道の先に点点と存在している。
 あと千年もすれば立派な古代遺跡へと変わるだろうが、今は巨大なゴミも同然の代物だ。
「あれが、何か……」
 さすがに戸惑った様子で、エンリケはトニと顔を見合わせる。ラウルもまた、アルベルトの意図がわからずに首を傾げて先に目を向けた。
「あそこに住め」
「え」
「勿論、すぐに使えるものじゃない。それまではあれだ」
 皆の視線がアルベルトの指を追い、その先へと流れていく。それぞれがそれぞれの顔で凝視し、あれの指す物がなんであるのかに気付いたのはほぼ同時だった。
「天幕、ですか」
 自然に戻りつつある畑の中に、くすんだ色の厚い布地と支柱となる太い棒が幾つか置かれている。
「随分旧式だが、軍のものでは?」
「よく知ってるな」
「若い頃、税金の代わりに従軍させられたことがありますから。雑用のことはよく知っています」
「そうか。なら、組立方も知ってるだろう」
「――はい」
 アルベルトの意図を悟ったのだろう。エンリケは低く静かな声で肯定した。
「ここらは、軍が他の都市へ行く時に使う道から外れている。何もないが、誰の土地でもない。わかるな?」
「ええ。しかし、何故この村はなくなったのかだけ、教えてください」
「単純な話だ。昔ここらを治めていた領主が居たが、この国には珍しいくらい実りの少ない土地だった。それで援助が切られた結果、不便さだけが残って自然と村人が離れていった。それだけだ」
「それなら、安心です」
「しばらくは、目立つような作業はしないほうがいい。追い出されるときの援助金もはした金だろうが、上手く使え」
 アルベルトの言葉に、エンリケは含みのある笑みを浮かべた。それに気づき、アルベルトは眉根を寄せる。
「援助金については、あなたの隊の方になんとかしていただけました」
「?」
「あー、隊長、あとで話します」
 更に怪訝な顔になったアルベルトに向け、カルロスが若干慌てて口を挟む。けして悪いことをしたとは思わないが、危ない橋を渡ったことには違いないからだ。
 そうして、話題を変えるようにカルロスは更に続けた。
「隊長こそ、いきなり天幕を持ち出してくるなんて、何か情報でもあったんですか?」
 天幕を仮住まいとし、遺棄された村に住み付くなり他に移動するなり、今後のことをゆっくり考えろ、というアルベルトの意図はわかる。だが、詳しい事情も知らなかったはずの彼が、何故その考えに至ったのかはラウルたちには不明のことだ。
 部下の疑問に対し、アルベルトは頷いて苦笑した。
「王宮で奴らとすれ違った。東も西の区域も――まぁ、大層なお大尽が狙ってるらしく、早く土地を開けることが出来れば報償が増えるようだ。適当に掴まえた官吏も知っていたくらいだからな。今の話題なんだろう。それで、説得とか抵抗とかは一切無駄だと判った」
「それで、天幕ですか」
「俺はそこまでは考えなかったんだがな。イサークが案を出して、適当に出任せを言って軍から巻き上げやがった」
 ああ、とカルロスとフェレが引き攣った笑みを浮かべる。ボリスは首を縦に振って反応を示した程度だ。
 その中で疑問符を浮かべた面々に、アルベルトが補足を加える。
「イサークはうちの副隊長だ。ラウルはまだ会ったことがないだろうが」
「別の仕事をしてるんでしたっけ?」
「……まぁ、そうだ」
 若干の間を開けて、ラウルを真っ直ぐ見つめたままアルベルトは目を細めた。心なしか、カルロス達の視線も感じる。
「? なんですか?」
「いや」
 それより、とアルベルトはエンリケに向き直る。
「希望者は誘導できるか?」
「はい。各地区長に言えばなんとか。――というか、殆どがここに来そうですが」
 成人した人間の大半は、生まれた村を無くすような形で出て、王都へ流れ着いているのだ。今更、行く当てなどないのだろう。
「数は、足りるか?」
「あれなら、何とかいけると思いますが……」
 乱雑に置かれている機材を大まかに数え、頭の中でシミュレートしたエンリケが頷く。だがどこか不安げだ。自信があるとは言い切れないのだろう。
「足すか?」
「そうしていたければ」
「あー、隊長さん」
 手を挙げ、ラウルはふたりの間に割り込んだ。
「あの天幕、もっともっともらえないんですか?」
「あ?」
「ほら、この調子だと、西区も東区も本格的な作り直しとか出てきそうな話ですし、そうするといちいち対応にあたってたら大変なことになりません? 僕の見たことのある軍の幕ってどれも新しかったし、もっと古いのあるんじゃないですか?」
「まぁ、廃棄同然に倉庫に突っ込まれてたやつだからな」
「ごっそり、頂く事ってできます? 多分、家を失った人たちの一時しのぎとしてはかなりいいものじゃないですか?」
 軍のものであり、品質はおろか、大きさも申し分ない。難民となった王都東西の住民が一度に近隣の街に押し寄せることを思えば、一時期でもとどまれる場所があるのはかなり有効な混乱防止策と言える。
 一理ある、と思ったのだろう。アルベルトは顎に手を当てたあとで、肯定するように小さく頷いた。
「手配しよう」
「でも、備品の横流しにしちゃ、大がかりになってしまいますねぇ」
「横流しじゃない。廃棄品にすればいい」
「え、どうやって」
「まぁ、イサークなら適当にやるだろう」
「え」
「俺よりは遙かに適任だ」
「副隊長をそんなに使えるのって、隊長だけっすよ……」
 疲れたようにカルロスが肩を下げる。もっとも、だからこその隊長だとも言える。
「とりあえず」
 これ以上は無駄話、と判断したアルベルトがまとめるようにエンリケに言う。
「早い内に、家を出て移れ。抵抗してもいいことはない」
「はい。それは判っています」
「なら、――帰るぞ」
 はい、と誰がともなく声を返す。そうして、トニの遊びたそうな視線を残したまま、一同は王都へ向けて踵を返した。


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