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 このあたりの取り決めに口を出す権利は、むろん特別機動隊第二隊にはない。任務と言うからには、開墾の方に関わるものだろう。
「まさか、開墾を手伝えとかじゃないっすよね?」
「カルロスが加わりたければ立候補は自由ですが」
「いえいえいえ」
「あの、もしかして……」
 カルロスが先に失敗したのを見て、ラウルも手を挙げる。
「開拓民を現地に誘導するとかいう役目じゃありませんか?」
「おや」
「……違いますか」
「いえ、驚きました。合っていますよ」
 イサークの微笑に、カルロスが唖然と口を開ける。アルベルトやフェレが頷いているのは、ある程度予測は付いていたということだろう。確信がもてなかったために誰かが言うのを待っていた、というあたりはラウルと似たり寄ったりである。
「ですけど、副隊長。開拓民って、自分で行くもんじゃないですか? そんなに厄介な場所なんですか?」
「いえ。そうでもありません」
「じゃあ、何でです?」
「自ら志願した開拓民ではないからです」
「え」
「開拓民は、今現在普通に農業に携わっている農民の方々です。彼らを無理矢理、開墾のために連れて行くということです」
 ありえない、とフェレが呟いた。だがそれが現実として無理矢理実行されるのがこの国の現状だ。
 ややあって、アルベルトが緩く首を横に振った。
「だが現在農地を耕している農民がいなくなるとすると、いくら領地を貰ったとしても収穫が見込めねぇだろ?」
「ご心配なく。空いた土地が整理され個人に渡された暁には、彼らが住民を手配するようですよ。まぁ、土地が譲渡された貴族の一族がこぞってやってくるというわけでしょう」
「勝手に過ぎる、それ以上に非合理的すぎます」
 王都の区画整理とはまたわけが違う。いくら開拓する人手が必要だとしても、土地の事を知り尽くしている地元の者を排除することに意味があるとは思えない、そうラウルは吐き捨てた。だが他の者は、――否、彼自身も本当は判っている。ハーロウ国は神に愛された国だ。誰が耕そうとも肥えた土と安定した天候は多くの実りを授けてくれる。だからこそ、その土地に慣れているということに重きが置かれることはない。
「そうやって空いた土地を、高額で貸し出すことを考える人もいるかもしれませんね……」
「でも、そんな理由じゃ、一方的に未開発地域に放り出される農民たちが、黙ってないんじゃないですか?」
「文句を言い、抗議して、それでどうなる? 結果は、さっき見てきたばかりだろう」
 カルロスの憤慨混じりの予測に、否定を返したのはアルベルトだ。
「建国の立役者たちの血を引いた者は、加護を受けていると言われているだろ? 奴らが祈るからこの国は平穏で実り豊かな国で居られるとも。貴族どもに反発して僅かな実りからも見放される気か?」
「そんなの、何の証拠もないじゃないですか」
「だが実際、この国だけは災害から守られている」
 アルベルトの反論に、場はしん、と静まりかえった。彼の言葉は、この国の最大の特徴を表していると言えよう。多少税を多く取られても、理不尽な目に遭ったとしても、この国の住民が飢えや寒さで死ぬことはない。贅沢や楽が出来ないだけで、真面目に働いてさえいれば生きる死ぬのレベルで苦しむことはないのだ。
 ラウルは、カルロスの言葉を思い出す。
(――考えが、染みつきすぎてる)
 だからこそ民は為政者に、愚痴やその場での単なる文句以上反発しない。その多少の我慢が貴族達を増長させるだけだと判っていても、安定した生活から離れられないのだ。土地から離れたことのない農民に至っては、春蒔いた種が秋重い実となることに何の疑問も持たないほどである。滅多に訪れない旅人から聞く他国の不安定な生活など、おとぎ話の悪魔と同レベルであるに違いない。
 ラウルは、憂いを込めたため息を吐いた。
「僕たちは、強制的に未開発地域に追われる農民を保護して現地に送り届けるわけですね」
「現実には、未開拓地へ農民を逃亡、脱落させずに連行する役目です。今日、西区の方々を王都の外へ誘導する手だてを立てたのは、なんとも皮肉な話になりましたね」
 一方はその先の人生への手がかりとするために、一方は苦難の道を歩ませるために、ということだ。
「……なんとかして、考えを覆せないんでしょうか」
「考え?」
「どれだけ理不尽なことがあっても、逆らわないという考えです」
 一般の民への理不尽な仕打ちは、任務の内容を思い返すまでもなく、そこらじゅうにあふれかえっている。それを根本的に解決するにはやはり、国民ひとりひとりが声を上げていく必要があるのだろう。裏を返せば今のラウルの発言は、貴族へ楯突き改革を求めよ、ということになる。
 それを正確に察したのか、皆が口を噤んだのを認めて、ラウルは自嘲的な笑みを浮かべた。
「すみません、こんな考えの方がおかしいんですよね」
「……」
「やっぱり、人の前で言うのは止めた方が良いですか?」
 呟くように言い、ラウルはアルベルトを見上げた。視線の先、唇は引き結ばれている。厳しい表情ではあるが、意外にも顔に怒りや嫌悪といった悪い感情は見られない。
 彼は、応えなかった。頷きも否定もなく、ただ、じっとラウルを見つめる。
 そうして、しばしの沈黙。
 叱咤でも罵声でもいい、せめて何か言葉を返してもらえないかとラウルは汗にまみれた掌を上着の裾にこすりつける。
「あの」
「……それは、本音か?」
「はい?」
「それが本音なら、俺はお前を異端として突き出す必要がある。単なる冗談だと言え」
「なっ」
「それで、見過ごしてやる」
 異端、とラウルは呟いた。
 表だっての異端審問機関はない。そもそも、単に国の中に浸透しきっている考えというだけであって、宗教でも何でもないのだ。それでも反逆罪という言葉を使用せず、異端とアルベルトが言い切ったのは、そうした神からの恩恵への畏敬を信仰レベルにまで盲信している者がいるということだ。そしてそういった輩は、貴族達に厚く保護されているのだろう。
 考えを曲げず、摘発された後辿る道など考えずとも知れている。昼にはカルロスが諭し、今はアルベルトが見過ごすと言うほどのことだが、それでもラウルは頷くことができなかった。


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