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「この土地で習得した農耕技術を、是非新しい土地でも存分に奮って欲しいということだからな。大人しく出て行って、代わりに援助金を貰った方が賢いはずだ」
「そんなんで、期待されてるとか勘違いする莫迦は、ガキにもいねぇよ!」
「勘違いしたままの方が、幸せだとは思うが」
「なに……?!」
「このあたり一帯がお前達の土地でなくなることは既に決まっている。新しく領主になる奴に与えられた土地になる」
「しかし、わしらはずっと昔からここを……!」
「お前達がいつから住んでいようと、国法上は国の土地は全て国王のものと定められている。今まではお前達は、税を払って国に土地を借りていたという立場だ。その税はこれからは払う必要はない、だから出て行けということだ」
「そんな!」
「無駄だ。既に決まっている」
 決定事項。そんな理解が重くのしかかる。
 国の権力者達が言っているのは屁理屈の一種だ。だが国土は国のもの、則ち国を治める国王のものという理屈は誰もが知っている。それを覆そうとするならば土地は誰の者でもなく住んでいる者の物だということを主張しなければならないが、長年土地に対する税を払っていたという事実が前に立ちはだかることとなるだろう。
 それでも反抗するというのは勝手だが、その場合は武力行使に踏み切られるだけである。
 どちらにせよ、村人の立場は弱い。
「俺たち以上に、この土地を上手くつきあえる奴ぁいねぇはずだ。俺たちを追い出すなんて……」
「お前達が荒れた土地を、工夫を重ねて独自の方法と勘で豊かな土地に変えたというわけじゃないだろう。昔と変わらん方法で真面目に土地と向き合っていただけだ。投げることなく農業を真面目に続けてきたことは立派だとは思うが、この国じゃ、他の場所から流れてきた農民でも、数年で元の収穫量に戻る」
「……」
「……長年住み着いてきた場所を離れるのは辛いだろうが、今ならまだ、貴族どもの心証をよくしておけば、新しい土地の開拓民として援助を引き出せる」
「俺たちの後には、誰が住み着くんで?」
「まだ決まっていない」
 さすがに、貴族の間の取引や駆け引きが済んだ後でその子飼いか関係者が、――などとは言えたものではない。言い切り、アルベルトは口を引き結んだ。
 村人たちの顔は、既に諦めを含んだものになっている。蒼褪め、これからの事を憂い嘆いてはいるが、初めに見せた勢いは欠片もない。無茶だ、酷い、などと愚痴にもにた呟きはあるものの、既に受け入れ、耐える方向に流れているようだ。
 貴族の決めたことを拒否する権利は一般人にはない。権利はなくとも反発することは出来るが、そもそもの国法が権力者に有利なように定められているのだ。合法的に軍を動かし処罰されると判っていて尚、抗議する気概のある人物はここにはいないようだった。
 セルジたちが強い、こちらの気が弱い、などという問題ではない。おそらくは王都の貧民街で劣悪な環境にあり、常に特別待遇の貴族や裕福な一部の都民に反発心を感じてギリギリの生活を続けているか、豊かな土地でそれなりに平和に幸せに過ごしてきたかの差なのだろう。
 再度、アルベルトが淡々とこれからのことを告げれば、もう反論はなかった。諦観の上にある前向きな姿勢を持って質問が繰り返され、結局出発は翌日ということになったが、それだけだ。
 拍子抜けすると共に、ラウルの胸には落胆が広がった。むろん、それが身勝手なものだとは自覚している。抵抗を示す方が愚策なのだ。従順な彼らはむしろ、生き延びるために正しい道を最短で選んだと言えるだろう。だがどうにもその命令や指示を受けることに慣れた眼差しが、ラウルの勘に抵触する。
 そんな彼を見て、カルロスがアルベルト越しに宥めるように背中を叩いた。
「終わったと思わねぇ方がいいぞ」
 ぼそり、と呟かれた内容は、予測以上の確信が込められている。
「ああいう奴らは、予定外の事に慣れていない。――揉めるぞ」
 低い声にラウルははっと顔を上げた。既にカルロスは何事もなかったように正面を向いている。
 ただ、その間にいたアルベルトの顔は、彼の言葉を肯定するように物憂げな表情だった。


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