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 5.


 河を越え、東の民と合流をして南東の方角へ歩き続けること6日。
 数人の脱落者を出しながらも、200人近い大所帯が目的地へたどり着いた日は、朝からあいにくの曇り空であった。今にも落ちてきそうなほどの厚い雲が延々と広がり、鬱蒼と木の生い茂る森に鈍色の蔭を落とす。
「住宅は、まぁ使えそうだな」
 もともとは畑として開墾されたと見られる場所に農民を集め、特別機動隊の面々で残されていた建物を確認して回ることとなった。出発前にイサークから送られてきた、過去の開拓計画によれば、多少窮屈ながら全員が寝泊まりできる場所が確保できるはずだ。
「こっちは雨漏りがありそうですねぇ。補修は結構手間がかかりそうですが」
「向こうの一棟はかなり直さないと使えそうにありませんでした。腐った木が倒れていて、道も塞がれています」
 部下から寄せられる情報を地図に書き記し、おおまかに居住区を分配していくのはアルベルトの仕事だ。本来であれば村の代表にでも頼むところを、彼が行っているのにはわけがある。
 案の定、というべきだろう。カルロスの予感は的中し、既に移住者の間で軋轢が起こっているのだ。大きなグループで言えば、河の東西で分けられるが、その中も幾つかに分かれてしまっている。さすがに傷害事件には発展していないが、このままでは今後、配給物の割り当てや農耕地を巡る争いが起きることは想像に難くない。
 比較的保存状態のいい家の一角を陣取り、机に肘を突いて、アルベルトは長く息を吐いた。 
「どうです? なんとかなりそうですか?」
 最後に報告に来たラウルは、ペンの頭でこめかみを掻く彼に、おそるおそる声を掛けた。
「開墾地の方は幸いまだ結構形が残ってますし、大きく育った木もありませんから、作業も少なくて済みそうですが」
「ああ。思ったよりは状態がいい。……いや、悪い、か?」
「どうしてです?」
「そんなに植物が育ってないのは、育つには条件が悪いからかもしれん。一旦植えられた作物は放置されていたはずだが、それが殆ど見あたらない。品質が野生状態に戻ってるってレベルじゃねぇな」
「つまり、平地の植物は育たないってことですか」
「生育条件が合わねぇんだろ。日照時間や降雨、水はけ、土の質、どれが悪いのかは判らん」
 開拓場所は山の裾であり、元の平野部に比べれば標高もそれなりに上がっているが、棚田を作るにしてもひとつひとつにそれなりの面積は確保できるといった程度の勾配だ。土はざらついた感触で、水はけは良いが砂に近い土壌とみたほうがいいだろう。
 前回の数十年前の開拓記録を見る限り、平地よりも雨は少ないようだ。山との位置関係を考えれば、雨蔭となる時期が長いのかも知れない。近くにそれなりに大きな川が流れているため飲み水に困ることはなさそうだが、水量が多いとも言えないため、降雨のない時期に畑を潤すには心許ないと言えよう。
 そういった記録を読みながら、アルベルトが唸る。様々な情報はあるが、この作物を勧められる、という決定打がないまま、開拓村が閉鎖になったことはかなり痛い。その心情が手を取るように伝わり、ラウルもまた強く眉間に皺を寄せた。
「この国の作物では、駄目なのかも知れませんね」
「そうだな。……まぁ、しばらくは収穫したばかりのものもあるし、配給もある。家や土地の整備をしながら考えるか」
 まずは、棲み分けの問題が立ち塞がっている。全員が一丸となって、という幻想はアルベルト以下、特別機動隊の面々の頭の中にはない。そもそも、国の東西を分ける河を挟んだ土地は、仲違いしている方が多いのだ。加えて、これまでに脱落した面々が全員西の出身だったことも大きいだろう。東の、特に男達は、彼らを軟弱ものと見下す傾向が育っている。
「だが、河の東の連中の方が山には慣れてるから、やっぱり畑の方に振った方が効率がいいのだは確かだ」
「でも、西の人たちも入れないと、耕作地の分配で揉めますよ?」
「判ってる。……家の整備に関しては、両方から得意な奴を出して貰うしかねぇが、共同で使う施設や水源については、代表同士で話し合う必要があるだろうな」
「先に、いろいろ取り決めをしておいた方が良くないですか?」
「喧嘩両成敗、ってわけにはいかねぇだろうな」
 言い、アルベルトは髪を掻き乱す。
「こうなったら、イサークを呼びつけるしかねぇな」
 丸投げか、という突っ込みをのど元で飲み下し、ラウルは無言で頷いた。分析能力や対処能力に問題はなくとも、好き嫌いはあるものだ。綿密な計画を立て物事も人も操作する勢いであれこれと策を張り巡らせるのは、アルベルトの性分ではないのだろう。
 勝手な結論を出したアルベルトは、簡単な区分け案だけを決め、それぞれの村の代表格の人間を集めてそれを提示した。
「それで、基本的に今ある畑の方は、俺たちに任せてもらえるってことでいいんだろうな?」
 ひととおり説明を聞いた後、真っ先にそう問うたのは、体格のいい、良く陽に焼けた東の代表のひとりだ。アルベルトとそう年は変わらないだろう。スハイツ・コロモと名乗った彼は、睨むように目を眇めて西の面々を見回した。
「任せるとは言っていない。ただ、開拓地の平野寄りの方は、東の土地に近い。東でよく採れる作物がそのまま育つ可能性がある。慣れているはずだから、導いてくれと言っただけだ」
「要するに、西の奴らより役に立つってことだろ。同じじゃねぇか」
 言い、スハイツは鼻を鳴らす。西の代表たちはむっとしたように口を下に曲げたようだが、言っていることは事実であるだけに、反論は堪えたようだった。
 ふたつの勢力を交互に見遣り、アルベルトはため息を吐く。
「ここでは、西も東もない。開拓民同士、出来ることをやるだけだ」
「判ってるさ。西の方も、出来ることがあればやっていけばいい」
「言われずとも!」
「へぇ。じゃあ何が出来る?」
「止めろ!」
 低く吼え、アルベルトは机を叩く。
「やることは山ほどある。どんな莫迦だろうが怠け者だろうが、楽できる奴はいないと思え。能力的に出来る出来ない以前の問題だ」
「……判ってらぁ」
「なら、さっさと村の奴らに伝えて仕事を割り振れ。とりあえずは住める場所の掃除だ。子供にも出来ることだろ。西も東も違いはないはずだ」
「あの、いいでしょうか」
 おずおずと手を挙げたのは、西の代表であるディエゴ・デュロンだ。こちらはスハイツとは異なり50歳を過ぎたばかりの落ち着いた雰囲気の男である。代表者の差は村人の気質そのものを表していると言っても過言ではないだろう。東西での正面衝突が起こっていないのは主に、西側が堪えている部分も大きい。
 アルベルトがディエゴの顔を見ると、彼は一度咳払いをして背筋を伸ばした。
「私どもの村は、牛や鶏も多く飼っていましたが、それらは殆ど置いてきております。数人、世話役を残しておりますので。それらをこちらへ連れてきてもいいでしょうか」
「村人全員の移住という話だったが?」
「はい。ですが山の方の開拓地と言うことで、果たして多くの家畜を育てられる環境かどうかが判らなかったのです。ですが見たところ、平地に近い側では場所も確保できるようなので、養鶏できると思うのですが、どうでしょうか」


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