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 むろん既に家畜も連れては来ているが、食肉用に専用にというよりは各家庭で育てていたのを各自が持参した、というものである。主には卵、乳の採取や農耕における戦力という役割で、村全体に供給できる食糧としては計算に入っていない。
 日常の生活さえ安定していない状況で養鶏に手を伸ばすべきか、と考え、アルベルトは頭を掻いた。正直、売って金にしてしまった方が早い。だが、東西の力関係を均すには有効だ。
「……いいだろう」
「! このくそ忙しいときに、のろのろ家畜を連れてくる人手を割くってのか?」
「それはもっともだが、長い目で見た場合、上手く作物の収穫が出来なかったときの食料源や収入源になる」
「っ、」
「では、早速人を遣ります」
「そうしてくれ。出来れば、連れてくるのはゆっくりでいいから、働き盛りの年齢の者は避けてくれ」
「判っています」
 ディエゴが笑顔で頷き、西の面々は得意げに東側に目を遣った。そうして時間を置き、他に意見がないことを確認してからアルベルトが強く両手を鳴らす。
「では解散だ」
 早口に言い切り、行けとばかりに扉を指し示す。
 ゆっくりと――アルベルトではなく東西互いに嫌悪の視線を投げながら出て行く男達を目に、特別機動隊の面々は深々とため息を吐いた。

 *

 それから数日、一部の家屋が元の様相を取り戻した一方で、別の問題が挙がるようになっていた。否、問題の方が圧倒的に多いというべきだろう。
「上の方の家は駄目だ、完全に壊れてる」
「持ってきた苗が全滅だ。土が合わんようだ」
「子供が森に入るのは危険だわ。妊婦も今の住居場所では大変そうなの」
 正に、枚挙に暇がない状況である。予想通り、と言うべきだろう。段階的に移住しているわけではないのだ。問題も一気に噴出する。
 本来、特別機動隊にこれらの問題の解決に当たる義務はない。「開拓予定地へ誘導する」ということが任務であり、それは既に為されているからだ。実際、他の開拓地の殆どでは軍は既に撤退しているという。
 だが、そうしないのがアルベルトであり、それを誇りに思うのが部下達だ。さっさをこの場を去るような隊長であれば、そもそも部下はとうの昔に見限っていただろう。
「しかし、頭の痛い話ですね」
 東西交えての話し合いの後、集会所と定めた一室に残っていたアルベルトに、カルロスが肩を竦めながら話す。
「特に、東側で育ててたのも半分くらい駄目って、何ででしょうかね?」
「知るか。それより、空いてるなら上の方の調査に行け。どうも、しばらく行くと崩れそうな崖があるらしい」
「はぁ、そりゃ危険ですね」
「必要なら、そっちの開拓は避ける。見てこい」
「はい、はい、と」
 機動隊の面々にも疲れは出ているが、それは皆同じ話だ。カルロスはいつもの軽口に少しばかりの疲労を滲ませつつ、わざとらしく敬礼をして部屋を去っていった。


 一方、会議に参加することのなかったラウルは、開拓地の見回りに出ていた。時に手伝いに加わるときもあるため隊服を脱いで活動する彼は、時折ただの村人と間違われることもある。いいか悪いかはともかくとして、アルベルトのような、見る者に違いを感じさせるような存在感は彼にはない。平凡な顔立ちもあって、村人の中に埋もれてしまっていた。
「ふぅ」
 小休憩に、と立ち寄ったのは遺棄された小屋のひとつだ。以前の開拓の際に荷物置き場として使われていたようだが、現在はまだこのあたりまで再開墾の手が及んでいないこともあり、未だに修復されずにいる。
 中には入らず小屋の壁を背に座って水を飲めば、小さな焦りがため息と共に漏れ出でた。全体的に、荒れた土地を農地に変える作業は滞っている。それは、少し高い位置にあるこの場所から下を見下ろせばよく判ることだ。
 けして皆が仕事を放棄しているというわけではない。ただ、難しいのだ。そうしてその難しさは、もともと農民ではないラウルには判らない。
 役に立たないな、と彼は小さく自嘲した。
「なに、しけた顔してんの?」
 突然後ろからかかった声に、ラウルは弾かれたように振り向いた。山側を右に、麓を左に座っていたラウルの右側の小道から、大きな籠を手にした女が覗き込んでいる。山の方から降りてきたのだろう。
「お腹でも空いてんの? 食べる?」
 そう言って果物を差し出す女は、記憶にも初めての顔だ。単純に見かねて呼びかけたようである。
「いえ、大丈夫ですが」
「そう? なんかあんた、細いからさ。なにするにも、ちゃんと食べないとダメよ?」
「あ、は、はい。気をつけます」
「まぁ、熊みたいなおっさんたちと比べちゃ可哀想だけど」
 そうして笑う女性はまだ若く、娘と言っていい年頃である。綺麗に編み込まれた髪が飾る顔は色つやもよく、全体的に生き生きとした印象だ。健康美、という言葉が擬人化すれば彼女のようになるだろう。
 鬱々とした様子の男たちを見続けていたラウルには、彼女の笑顔がいかにも眩しかった。
「で、あんた西の人、だよね? うちと違って、線の細い人多いもんね」
「あ、いや、僕は王都の、……役人みたいなものです」
「ああ、ここまで護衛? で案内してくれた人たち? まだ居たんだ」
 なんともはっきりと物を言う女性である。 
「まぁいいや。あたしはベルタ・コロモ。うちの父ちゃんが東の代表やってるから、会ったらよろしくね」
「あ、知ってます」
「そうなの? すんごい頑固親父で困ってない?」
「い、いや? どうだろ? すごく仲間思いだとは思うけど」
「あー、まぁそれはそうかもね。でも、ちょっと調子に乗ることあるから、なんか困ったことあったら声かけてね」
「あ、う、うん。ありがとう」
 とりあえず、厚意には違いないとラウルは笑って礼を述べる。
「それ、重そうだね。持つの手伝うよ。どこまで運ぶの?」
 籠に目一杯詰め込まれてるというほどではないが、果物やその他の木の実はひとつひとつがそれなりの重量を持つ。加えて、籠自体の大きさが女の手には余るだろうと申し出れば、ベルタは驚いたように目を見開いた。
「わぁお。そんなこと初めて言われた!」
「え、そ、そう?」


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