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「他国の穀物です」
 言い切った途端、その場にいた数人が一気にラウルへと視線を向けた。思わぬ注目を浴びて、ラウルは一歩後退る。
「どういうことだ?」
「へ、平地の穀物が合わないようなので、ここの土でも育つものを探していたんです。他にもいいのはあるかもしれませんが、思いつくのがそのキーナという穀物でした。それで、栽培方法などを調べたんです」
「お前が?」
「正確には、俺たちの王都に居る仲間が、だ」
 スハイツに詰め寄られたラウルを、アルベルトが後ろに庇う。
「東から持ち込んだものも、一部以外は著しく生長が悪い。なら、別のを考えるべきだろう」
「……俺たちの育て方が悪いってのか!」
「うるせぇ!! いちいち噛みつくんじゃねぇ!」
 一喝。――否、大喝だ。
 平常に比べて柄の悪さと口の悪さを潜ませていたアルベルトのひと声は、文字通り室内を震わせた。あまりの音量と鋭さに、西の面々などは仰け反ってしまっている。真後ろで聞いたラウルは、頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
 しん、と静まりかえった室内に、畏れと恐れが充満する。誰もが凍り付く中で、一番初めに口を開いたのは、むろんアルベルトだった。
「悪ぃ」
 ふ、と長い息を吐き、不機嫌そうな、だが落ち着いた表情に戻る。
「お前達が苛々するのは当然だ。上手く行かないのも仕方ねぇ。だが、お前達も悪い」
「なっ、……俺たちだって、努力して! ……る」
「してるな。……いつもどおりに」
 すぐに認めたアルベルトに、半数が首を傾げた。
「今まで上手く行っていた。それと同じ方法で努力している、それが正しいと信じ込んでいるお前達に非はないのか?」
「……っ」
「いつまで昔の環境に依存してんだ。そういう意味じゃ、西の連中の方が切り替えは早い。自分たちの農業がここでは通用しないと知って、……まぁ、結果的には消えた話だが、上手く行く確率の高い養鶏って方法をちゃんと選択した。東の。お前らはどうだ」
 スハイツをはじめとする、東の面々は答えない。
 真剣に開墾に取り組んでいる一方で、今までの自分たちのやり方、功績、努力に固執していることには、薄々気付いていたのだろう。だがそれでも止められなかったのは、これまでの土地を追い出されたとしても同じように豊かにやっていると、――追い出した人間達を嗤い溜飲を下げたいという思いがあったからに違いない。
 アルベルトは、じっとスハイツを見つめた。
「今回調べたキーナという穀物、これなら山の方を開墾して農地にしても上手くいく可能性が高いと言うだけで、実際にどうかは判らん。だが、駄目だと判っていることに固執するよりはマシだと思う」
 そうして、アルベルトは促すように一呼吸置いた。
「だが、実際に作業をするのはお前達だ。使えとは言わん。ただ、他の方法や他の考え方があることは判ってくれ」
 スハイツは何かを堪えるように拳に力を込めたようだった。他の東の代表は固唾を呑んで見守り、西の者達は青ざめた顔のまま立ちつくしている。
 やがて、スハイツは絞り出すような声を出した。
「判った」
「なら、」
「だが、西の奴らは信用ならねぇ。あんたはこいつらのことを、取捨選択してる賢い奴らだみたいな言い方しているが、俺たちにしてみりゃ、楽な方楽な方流れてるだけだ。なんとかなるっつー、甘い考えだ」」
「……そういう見方もあるだろう」
「それでも、そいつらにただで俺たちの物をやれっつうんだな?」
「さっき言ったはずだ。協力しあえと」
「……そうかい。あんた方がそう言うなら、貸してやってもいい。ただし、貸し出し料は払って貰う」
 ざわり、と場が静かに低く揺れた。
 ほとんどそれは意地なのだろう。だがどこまでも頑なな言葉に、アルベルトなどは顔をしかめたようだった。端でことの成り行きを見守っているラウルたちも眉間にしわを寄せ目をつぶる。
 短い沈黙が場を満たす。それが空気を重くしていくのを感じつつ、ラウルは横にいるフェレの袖を引いた。
「なんとかなりませんか」
「無理だよ。あの人、隊長と同じくらいに頑固だ」
「同じ村の人なら、説得できませんか?」
「できるかも知れないけど、心当たりがあるの?」
「心当たりというか、……」
「少しでも何とかできそうな人なら、連れてきた方がいいと思う」
 フェレの言葉に、ラウルは間をおいてから頷いた。呼びに行きたくないというよりは、巻き込んで良いのかという躊躇いの方が大きい。だが、そんなことで二の足を踏む状況はとうに過ぎている。
 一度大きく息を吐き出し、ラウルはフェレに断って一度室内から外へと出た。
 向かったのは居住区の中にある炊事場である。開拓地にあった家には、個別のかまどは存在しない。現在もそれを設ける余裕などなく、こうして集まって皆の食事を作っている。
 ラウルは、炊事場の近くで一度足を止めた。
 女たちが集まってしゃべっている中に割り込むのは、男にはなかなかに勇気の要る話である。だが、怯んでいる暇はない。
 目的の人物を見つけたラウルは、両手で頬を叩いてから、一気に女たちの群に足を踏み入れた。即座に視線が集まるのを感じながら、あえてそれを意識しないようにまっすぐに前を向く。
「ベルタさん!」
 若干声が震えていたのは、致し方ないと言うべきか。様々な意味で場違いなのは承知の上である。
「え、機動隊の……」
「ラウルです。突然済みません」
 立ち上がって近づいてきたベルタに、ラウルは真剣な目を向ける。
「東西の話し合いの場が、荒れてるんです。済みませんが、少し来ていただけますか?」
「え?」
 突然のことに当然戸惑うベルタに、ラウルはこれまでの経過を話して聞かせた。もともと、そう長い話ではない。途中まで首を傾げていたベルタは、父親の名前が出続けるにつれ、次第に表情を硬くしていった。
「……つまり、父ちゃんがいちゃもんつけてるってわけね?」
「仕方ないと思うんですが。なにせ、一番家畜を提供することになるのは」
「バッカじゃない!?」
 憤慨という言葉が音になって飛び出した。――そんな、ある意味調子を外した音量である。周囲の女たちが一斉にふたりの方を向く。
 その状況に慌てながら、ラウルは意味もなく両手を縦に振る。ベルタはもはや彼を見てもいなかった。


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