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「それで、そうすればいいんじゃないか?」
 第三者として、――予想外の更に斜め上をいく言葉である。さすがにそれには拍子抜けした様子で、全員が何度も瞬きを繰り返した。確かに散々揉め、怒鳴りあいまで繰り広げた最後のまとめがそれでは間抜けに過ぎる。
「わざと?」
 ラウルはこっそりとフェレに耳打ちをした。
「まさか。大真面目だと思うよ」
「あれで?」
「おおかた、面倒くさくなったんじゃないかな」
 なんとも気の抜ける漫才だが、むろん、それで済むのは機動隊の面々だけの話である。
 ない、と思ったのだろう。中のひとりがおずおずと手を挙げた。
「その、少し話は戻りますが、新しく栽培を試みるという穀物のことはどうしましょう?」
 手を挙げたのは西の代表で、スハイツは渋い顔をしながらも同意するように頷きアルベルトの言を促した。ややあって、アルベルトが口を開く。
「実際の種まきは来年だ。種の手配もある。しばらくは耕作地を広げることと、今後の居住区などをどこに作るか決めることが先になる」
「では、その穀物の栽培方法を書き写したり、試しに育ててみるのを年寄りたちに任せてもいいでしょうか?」
「年寄り?」
「書き物の達者な者もいます。それに我々は小規模ですが温室での栽培に手を出したこともありますので、擬似的に育つかどうかの試験もできるのではと」
 穏やかな口調ではあるが、西側の名誉挽回といったところなのだろう。
 必死なのは判る。だが仕事や役割が完全に分担されてしまっては、また役に立つ立たないで揉めることとなる――そう思い、しかしラウルは小さく頭振った。
 これまでの村という括りの中でも、全員が全員、同じ仕事をしていたわけではない。ある者は畑を耕し、ある者は子供達に勉強を教えていた。出身地の違いという概念さえ取り払ってしまえば、結局は同じ事だ。
 おそらくはアルベルトも同様の結論に至ったのだろう。ふ、と息を吐き、彼は皆の注目を集めるように両手を鳴らした。
「わかった。そのあたりは任せる」
 ひとことに、西の代表者達があからさまに胸をなで下ろす。
「だが忘れるな。得た知識は作る者と共有しない限りと意味はない。それで得た収穫は、知識を与えてくれた者がいないと得られないものだ。判るな?」
「勿論です」
「お、――おう」
「では、これまで決めた区分は白紙に戻す。それぞれ村で決めた役割はそのままでいいと思うが、今後は役割別に話し合って仕事の分担を進めてくれ」
 一度決まりかけたことをまた考えるのは、より大きな疲労を伴う作業であることには違いない。一瞬、物憂げな顔をした代表者たちは、しかし、思い直すように揃って頭振った。ベルタの言葉を思い出したのだろう。
 そんな皆の反応を確かめ、アルベルトはあるかなしかの笑みを浮かべた。
「これからも大変だとは思うが、人の多さは確かに力だ。助け合うことで進むこともある。頑張ってくれ」
「はい。――努力、します」
 苦笑いが混じっているのは、さすがにそう単純に上手くは進まないとも判っているからだろう。関係を改善する、そう両者が心に留めたことは大きな一歩だが、完全に溝を埋めるには相応の努力と忍耐、そして年月が必要となるものだ。
 そうして、代表者たちが口々に謝意を告げる中、ラウルは立役者たるベルタの方へと近づいた。結果的に話をこじらせる原因となったスハイツは、さすがに気まずいのか部屋の端寄りで腕を組み、娘のベルタがそれを宥めている状態だ。
 宥め方がどこか乱暴なのは、ある意味このふたりが親子であるという証拠だろう。思い、苦笑しつつラウルはベルタに礼をした。
「助かりました。ありがとうございました」
「あ、ラウルさんだっけ? ううん、むしろ呼んでくれて助かったわ!」
「でも、だいぶ東の人が折れる形になってしまいましたが……」
「良いのよ。うちの父ちゃんが頑固なだけなんだからさ!」
「おい」
「それにさー、へへ、実は西の人とちょっと仲良くしてまして。父ちゃんの話で東西仲がこじれたら困るなーって思ってたし!」
 笑うベルタに、スハイツは目を丸くする。「ちょっと仲良く」とぼかしてはいるが、要するに西側出身の男とつきあいかけているということだ。
 ある種の爆弾発言に、部屋の中にいた皆がベルタの方を向いた。
「お前、いつの間に!」
「だってー。それに、西側の人の方が優しくて格好良い人多いって皆言ってるよ」
「なよなよしてるだけだろうが! うちの娘にふしだらな真似しやがって!」
「ふしだらって何よ! そういう考えをすぐする方が不潔だわ! それにこうやってすぐ怒る! うちの男どもは乱暴だから嫌なの!」
「んなこたどうでも良い! そいつ連れてこい!」
「ふん!」
 突然始まった親子喧嘩に、皆ぽかんと口を開ける。そうしてひとり、ふたりと口端を歪め、目を細め、やがて笑い声となって部屋を満たされた。理詰めの説得よりも妥協を求め合う話し合いよりも、こういう場合は日々の小さな関わりの方が雄弁になのだろう。
 怒鳴り合いが始まるや、即座に壁際に待避したラウルは、呆れたような、可笑しそうな表情で眺め、ぽつりとつぶやいた。
「若い人たちって、時々あっさりと垣根をこえてしまいますよね」
 そう、しみじみと語る彼を、アルベルトはひとことあるような微妙な顔で彼を見下ろした。

尚、キーナはキヌアを参考にあくまでも創造した穀物です。育て方や収穫時期を初めとしていろいろ設定上異なるものになっています。


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