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 6.


 新しく栽培を試みる植物の仕入れ、家畜の購入、家屋の整備、開墾。その他多くの試みを手伝い、開拓地の村が村としてひとまず機能し始めるのを見届け、特別機動隊第二隊の面々がようやくのように王都へ揃って帰還したのは、既に年も明けた1月となっていた。
 王都で諸事をこなしていたイサークの指示に従い、ひとりないしふたり程度が別の任務に戻ることはあったが、王都の詰め所に全員が揃うのは随分と久しぶりのことになる。経験は経験として我が家へ戻った、という感慨がわき起こるのは当然と言えよう。
「あー、落ち着く!」
 伸びをして歓声を上げたのはカルロスである。若干機嫌良さそうだとは判るものの相変わらず無口なのはボリスで、フェレはほっとしたように息を吐いていた。ラウルはと言えば、赴任して間もないこともあり、他の面子に比べれば反応は薄い。
 ――否、彼よりも無感動なのがひとり居る。
「イサーク、他の開拓地の反応はどうだ?」
「やはり、発芽までとその後の生育の結果と併せて送ったのは正解でした。否定的だった意見があっさり覆りましたよ。他の場所にも苗を手配しています」
「そうか。他は?」
「年明けの『国王のありがたいお言葉』はやはり、在位10周年の大事業のことが主でした。開拓もそうですが軍備の拡張も強調していましたよ。後はいつものように、貴族の更なる優遇と一般人への圧迫を仄めかす内容ですね。相変わらずの選民思想というところですか」
 早速イサークと業務報告を遣り取りするアルベルトを見て、カルロスは大げさに肩を竦めた。落ち着く間もなく通常営業とは、予想通りにしても呆れるやら尊敬するやら、といったところか。
 と、イサークの報告内容を聞いていたボリスが首を傾げて呟いた。
「軍備拡張? 必要がない気もする」
「ええ。私もそう思います。ですが詳しく調べてみると、新部署増設や人員増加、練兵というよりも、軍需物資を増やしているようですね」
「あー、そういうことですか。軍備拡張を楯に税を増やして懐へ流す、金にあくどい貴族様の考えそうなことですねぇ」
 皮肉気な笑みを浮かべたカルロスの横で、フェレが苦笑する。ふたりを見比べ、僅かに躊躇った後、ラウルはイサークへと声をかけた。
「前々から思ってたんですけど、副隊長って、国王陛下と直接やりとりされてるんですよね?」
「私たちは国王直属の部隊……のはずですから、一応そうなりますね」
「やっぱり、副隊長の目から見ても、国王って貴族の傀儡って感じに映るんですか?」
 先王の急逝により10歳で即位した現国王に実権はないに等しく、即位直後から既に後見人のいいなりであるというのが一般認識だ。もともと、建国当時から末子相続と定められているため、若すぎる国王が有力貴族の専横に遭い、在位期間のほぼ半分を無為に過ごしていた例はこれまでにもある。
 ラウルの質問に、イサークはしばらく考えてから答えを返した。
「それには答えられません」
「機密事項ですか?」
「いえ、そうではありません。正直私にも、あの中の誰が本物の国王なのかが判らないのです」
「え」
 むしろ質問したラウルよりも驚いた声をカルロスとフェレが上げる。
「私に任務の内容を下ろしてくる人物は、3人ほどいるのです。どの方も『国王からの命令である』というと代理人のように言ってくるのですが、突っ込みを入れるとどうも自分が考案したような返答ですので、あの中のひとりが国王だとは思うのですが、はっきりとは。ただ、あるひとりが言った内容を他の者が知らない、ということはありませんので、おそらくは国王と側近がくだらない任務を考えては、面白がって偽物ごっこでもやっているのでしょう」
「……それは、いくら何でも」
「……駄目でしょう」
「ええ。ですがそれが現実ですので」
 さすがに、いたたまれない沈黙が落ちる。
 半笑いの表情が多いなか、面白くもなさそうに非常に現実的な意見を出したのは、やはりアルベルトだった。
「今更だろうが。命令が国王だけならそいつが莫迦。国王と取り巻き連中なら奴ら全員莫迦、それだけだろ。判ったら、とっとと見回りに行ってこい」
 容赦ない。不敬罪も真っ青だ。だが、だからこそなにやら安心するものがある。
 ろくでもない、と罵りながらもどこか貴族や国王に期待を寄せるふしのあるカルロスたちと違い、アルベルトは心底から切り捨てているようだ。このあたりの違いは、国外での生活経験の有無から生じているのだろう。
(そういえば、隊長さんはどう思ってるんだろう)
 ラウルは、イサークから聞いた話を思い出す。
 彼が遙か昔初めて会ったときには、アルベルトは既に特別機動隊に在籍していた。能力が認められてのことだと長い間思いこんでいたが、現実はその逆だったのだろう。かつての敵勢力の首魁に繋がる者に、敢えて民衆を虐待する任務に充て、それを見て貴族達は嗤っているに違いない。
(そうか、あの時は、この国に戻ってきたばかりの時だったんだ……)
 記憶の中の時間が逆行する。
 新規鉱山開発に先だって、国王及び権力者たちの主催するセレモニーで沸く北方の街。両親を事故で亡くし親戚に引き取られたばかりだったラウルは、人の壁の端でそれを眺めていた。何をしても上手く行かず、落胆ばかりをされる日々、焦りと疲労ばかりがのしかかるラウルに、話を聞いた上でアルベルトが言った言葉を思い出す。
 実のところそれは、ラウルの愚痴に対する返答としては些か屈折していたものだった。だが、おそらくそれは、アルベルト自身の生い立ちから来る心情が込められていたためだったのだろう。人智の及ばぬところで決着のついてしまった父親の反乱が、彼の人生観に大きく影響を与えたこと疑いない。
(まぁ、僕もそれに感化されちゃってるわけだけど)
 思い出し、ラウルは苦笑する。それを見て、カルロスがおそるおそるといった呈で彼の肩を叩いた。
「お前、……今、思い出し笑いする話、あったか? それとも、隊長の部下に対するブレのないSっ気に悶えてんのか?」
「違います!」
「そうですね。アルベルトはどちらかといえばマゾい方だと思いますよ」
 至極楽しそうに、超が付くほど余計なことを言ったのは、無論イサークだ。
 途端、ボロ家の壁がものすごい悲鳴を上げる。
「てめぇら、元気有り余ってんなら、とっとと出て行け!」
 アルベルトの低い怒声に、イサークを除く面々は脱兎の如く詰め所を飛び出した。
 一番の被害者は、ミシミシと音を立てて揺れ、埃と木くずを床に撒く家屋だったのかも知れない。


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