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 壊れたら、丁寧に片付ける必要なんて無いからな、――と一斉に嗤い声が響く。運悪く通りがかった街人が、慌てて道を変えて去っていくほどの哄笑だ。遠巻きに見て去り難くしているのは、おそらくは縛られている者たちの身内なのだろう。西区のときとは違い、興味から眺める者は居ない。
「彼らに確かな非があるなら、軍に突き出すべきだろう。それとも、傷の手当もせずに一目に晒しておけというのが国王の指示か?」
 ラウルを抑えながら、アルベルトはこれまでの経過ではなく現状を批難する。第一隊に配属された者は、甘やかされて育った貴族の子弟だ。事実と現実を都合のいいようにねじ曲げて捉える天才である。自分が悪いという認識が欠片も無い者と、その行動の是非を争っても意味が無い事をアルベルトは熟知していた。
「晒し者にするにしても、正当な罰が下されての事だ。勝手な真似は慎んだ方がいい」
「私に命令する気か!?」
 過剰な反応に、アルベルトは肩を竦めてやり過ごす。
「貴様らは、黙って働いてればいいんだよ! 歯向かうなら、陛下に報告させてもらうけど、どうしようか?」
「……」
「反逆者の子供に仕事を与えてやってるんだ。感謝して、靴でも舐めてもらいたいところだね」
 カッと、顔を紅潮させたのはラウルだ。アルベルトはさして何も感じぬ様子で冷めた目を向けている。今日はよくよくその話題が出る、とでも思っているのか、むしろ呆れているようだ。
「――隊長さん」
 ラウルの低い声に、アルベルトは僅かに顔を後ろへとやった。
「あの人たちを、とりあえず助けましょう」
「それは、構わんが」
 若干の戸惑いを含ませながら、アルベルトは首を傾ける。上司への侮辱に激昂を示した直後にしてはおかしな提案だ、とでも思ったのだろう。
 笑い、ラウルはそんな彼の後ろから横へ、前へ、ゆっくりと進み出た。
「ひとつ聞いていいですか?」
 突然間に割り込んだラウルに、何だこのガキは、というような明らかに存在を軽んじた目が向けられる。
「噂で聞いたんだけど、貴族出身の軍人さんで、騙されて失脚した人が居るそうですね。責任取らされて辞職に追い込まれたって聞いたけど、知ってます?」
「……それ、どこで聞いた?」
「え、有名な話ですよ!? どこかの隊長さんらしいんですけど、間抜けな話ですよね。何やら、庶民にうまい事騙されたけど、騙した本人がまだ捕まってないとか。貴族を騙して嵌めたなら、とうに天罰が下っててもおかしくないのに、何故でしょうね? もしかして貴族を騙ってただけでしょうか?」
 そんな人間を隊長に持ってた部隊って、相当間抜けですね。――と、とぼけたように言うラウルに、第一隊が殺気立った視線を向ける。むろん、気づかぬ振りで、ラウルはにこやかな笑みを浮かべた。
「そういえば、この間お会いしたときと隊長さんが違うようですが、ご病気ですか?」
「貴様!」
 遂に、ひとりが剣を抜いた。周辺から、小さな悲鳴が上がる。
「あらら」
 実に自然に戦闘態勢に入ったアルベルトの側に逃れ、ラウルは笑みを冷ややかなものに変えた。
「語るに落ちましたか」
 第一隊の面々の見せた激昂をしてそう評し、ラウルは剣を抜く。だが、真の目標は目の前には無い。それは既にアルベルトに託している。
 敵は5人。多くはないが内ひとりは槍を手にしている。剣と槍どちらが優れているという問題ではないが、人数に差がある事を思えば、中距離からの攻撃手段は厄介と言えるだろう。あれをまず止めるべきだと判断したラウルは、満ちていく緊迫感を裂くように鋭い声を発した。
「!」
 第一隊の5人が、驚いたように一瞬体を硬直させる。戦闘技術の優劣はともかくとして、実戦には慣れていないのだろう。タイミングを見計らっていたアルベルトが駆け出すには、十分すぎるほどの隙が生じた。
 ラウルも、それに満足して気を抜くほど甘い人間ではない。素早く拾った小石を投げつける事によって5人の注目を集め、そうしてアルベルトとは逆の方向へバックステップを踏む。
「ぐっ……!」
 素早く後方へ回り込んだ彼は、狙い定めていた槍使いの懐へと飛び込んだ。詰めすぎた間合いに、槍は勿論剣さえも振り抜く事は不可能だと悟ったのだろう。だがそうして体術へと持ち込もうとした男の膝に短剣の柄をめり込ませ、ラウルは素早くその場を飛び離れた。
「弱いね」
 周囲で小さな悲鳴が上がる。驚きと恐れを主成分とするざわめきは、様子を窺っていた村人たちのものだろう。戦闘が目の前で起こった事に対する恐怖よりも、貴族へ歯向かった事に対するものだ。
 片膝を打ち砕かれた男は悶絶し、自らが壊した天幕の上を転がっている。第一隊の残る4人は、明らかに怯んだ様子ながら、同時に自尊心を傷つけられた事に屈辱を感じているようだ。庶民が、と罵る様はラウルには滑稽だった。
「庶民が貴族を害したら、罰が下るんじゃなかったんですか? 僕の膝はまだ無事のようですが、いつ報復が起こるんです?」
「――っ!」
「今すぐ起こしてくださいよ。天罰だの何だのが迷信でないなら、ね」
 安い挑発に、ひとりが剣を振り上げる。鋭く十分な速さを持っているが、奇麗な型通りの剣だ。おまけに、他の者がそれに同調、或いは連携してくる様子も無い。
 難なく避けたラウルは、返す手で男の剣を高く弾き飛ばす。技巧を凝らすまでもなく単調な動きは、いつぞやの賊とも比較に成らない。ましてやアルベルトには、と思いその方を見て、ラウルはにやりと口に笑みを刷いた。
「なに、笑ってやがる!」
「言葉が乱れているようですが、おかしいですね。まるであなた方が卑しく思っている庶民のような口調ですね」
 ラウルが言葉と行動で引きつけている間に、少し離れた場所で拘束されていた村人たちがアルベルトの手によって解放されていく。のらりくらりと挑発と軽い反撃を繰り返すラウルを訝しく思ったひとりが、いつの間にかいなくなっていたアルベルトを思い出したのはそのすぐ後だ。
 痛めつけられた体で懸命に逃げていく村人と、彼らを守るように立つアルベルト。状況を察したときは既に遅かったと言えるだろう。
「貴様ら……!」
「あの人たちはもうどうでもいいんじゃないですか? 怪我をさせた僕は憎くないですか? ほら、天罰はどうしたんです、天罰は!」
 何度も罰と繰り返しているのは、一種の意趣返しだ。今目の前に居る彼らを傷つけて返ってくるのは、けして天からの報復ではない。
「ずっと前の反乱では、異変は直後に起こったそうですね。まさか、しばらく後で、誰も見ていないところでいつの間にか起こっている殺人も、罰だなんて言ってるんじゃないでしょうね?」


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