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「貴様、殺してやる!」
「おかしな事を言いますね。わざわざあなた方が直接殺しになんてこなくても、天罰が下るんじゃないんですか? さっきから言ってますよね!? ああ、馬車にひき殺された、なんてのはただの事故ですからね。罰だなんて認めませんよ」
「ラウル、その辺りにしておけ」
 声にその方を向けば、最も後方に居たひとりの腕を捩じ上げたアルベルトが、呆れたように目を細めていた。
「そちらも、このあたりで引いてくれ」
「何を、勝手な事を……!」
「先に剣を抜いたのはそちらだ。見ていた者も多い。さて、それとも、決闘の申し込みでもするか?」
「っ……」
「お互い、軍人だ。代理人などは認めん。――ああ、こう見えてうちのは強いが、部下の怪我が心配なら、隊長同士で決着をつけるか?」
 不適な笑みを浮かべるアルベルトを見て、明らかに第一隊の隊長は怯んだようだった。油断していたとはいえ、ラウル相手に手こずっていたのだ。アルベルトの相手になるとは思えない。そうしてそれは、誰もが瞬時に判断出来る程度の事だ。
 一歩、先に動いたのは第一隊の者だった。それを期に、ひとりふたりとじりじり後退していく。
「覚えてろ……!」
 見事な捨て台詞に、アルベルトは無言で剣を収めた。それに倣い、ラウルも鞘を鳴らす。
 路上に転がる商品の残骸を踏み荒らして去っていく5人が、やがて高い建物の奥へ消えていくまでを見届け、彼らは揃って息を吐いた。
「ラウル」
 アルベルトの声に危惧が含まれている。
「いくら奴らを引きつける為とは言え、あれでは――」
 陰湿な復讐を懸念しているわけではない。甘やかされて育った第一隊の面々のしでかすことなど、それこそたかが知れている。勿論、天罰などを恐れているわけでもない。
 ただアルベルトは、それを妄信する者による天罰の実行が気がかりなのだろう。
「大丈夫ですよ」
「だが、結構奴らはしつこいぞ」
「大丈夫です。僕は、そうと知っていますから。それにいろいろと制約加えましたからね」
 暗殺の危険があると知っているのと知らぬのとでは多いに差がある。天罰として実行したいのなら尚更、時と場合、死に至る状況も厳選されるだろう。加えてあの挑発内容だ。なるべく早い時期を狙ってくる事は必至、様々なことを総合して考えれば、どうとでもなる、とラウルは断言した。
 楽観ではなく。警戒して尚静かな自信を持っている様子を見せれば、アルベルトは短く嘆息したようだった。
「上司命令だ。しばらくは詰め所に寝泊まりしろ」
「了解しました。けど、それより今は……」
 言い、ラウルはぐるりと周囲を見回した。いつの間にか、一旦は退避していた村人たちが恐る恐ると言った呈で戻って来ている。
「けが人の人たちは、大丈夫でしたか?」
 ぎよっとしたように身を竦ませる村人たちに、一転してラウルは明るい声を出す。
「必要なら、休む場所くらいは手配しますよ?」
「あ、あんたは……」
 仲間と顔を見合わせた後、痩せた老人が嗄れた声を上げる。
「あの、あの方々のお仲間じゃ、ないのかね?」
「あの方々? ああ、さっき逃げていった、彼らですか? 服は同じですが、所属が少し違うのですよ」
「では、貴族の方々では……?」
「貴族じゃありませんよ。僕も、隊長も」
「だったら、……ああ、なんちゅうことをしたんだ、おぬしは」
 さすがにここで嘆かれるとは思っていなかったラウルは、何度も瞬きをして老人に理由を問う。
 聞けば、第一隊の新しい隊長は、今この国で一番の権力を持つ貴族の縁戚とのことだった。
「ああ、じゃああれが、ディエゴ・アルテタか」
「隊長、知ってるんですか?」
「主席政務官のルシオ・ブランカフォルトの妹の……まぁ、その筋の親類だ。ただ、主席政務官殿はあちこちに妹やら娘やら孫やらをばらまいてるからな。親類と名乗れる奴らならわんさかいる」
 つまり、恐れる必要はないと言うことだ。苦笑し、ラウルは老人の手を取った。
「大丈夫ですよ。ほら、僕は生きてるじゃないですか。そんな、王族に近い血筋の連中を莫迦にしたら、即座に天罰が下ってもおかしくないはずでしょう?」
「た、……たしかにそうだが」
「心配無用です。それよりも、軍が来ると厄介です。できるだけ早くここを去りましょう」
 もっともなひとことに、村人達がはっと我に返る。
 だが、今更のように気付いた現実は、そう甘いものではない。数日前に持ち込まれた商品の数々は使い物にならないゴミと化し、力自慢の男達はいずれも怪我を負っている。去ろうにも為すべき事が多く、それを終えたところで得るものはひとつとない状態だ。
「とりあえず、あいつらを呼ぶか……」
 若干疲れたようにアルベルトが呟き、そうしてラウルは詰め所へと走ることとなった。

 *

 ――夜半過ぎ。
「隊長!」
 詰め所へ戻るや、近所迷惑なレベルの声量でラウルはアルベルトへと詰め寄った。
「もう、我慢できません!」
「なんだ、いきなり」
「いきなりじゃありません! ずっと、考えていたことです!」
「『――と、少年は頬を赤く染めながら、尊敬する上司へと詰め寄った。辺りには誰もいない。ただ静かに虫の音が響いている。今言わずしていつこの想いを』」
「ちょ、なに、ろくでもないナレーションつけてんですか、カルロスさん!」
「いや、ほら。ちょっとは落ち着くべきだと思ってな」
「というか、先輩、どこでそんな耽美な小説を……」
 呆れと疲れの混じったフェレの突っ込みに、カルロスは秘密、と笑う。戻るまでずっと無言だったほどの、6人の間に漂っていた深刻で重い雰囲気は完全に砕け散っている。さすがだ、と褒めているのか貶しているのかいまひとつ判りかねる呟きをして、ひとり頷いているのはボリスだ。アルベルトは状況が掴めない様子で何度も瞬き、イサークはくすくすと忍び笑いを漏らしている。
「よく判らんが、で、結局お前は何が我慢ならねぇんだ?」
「村人への圧力ですよ!」
 今度こそ、とカルロスが口を開く前にラウルは叫ぶ。
「奴らの建前は判ります。確かに衛生的な問題や治安にも影響するんでしょう。でも、それならそれで、村に住む人たちの流通をなんとかする場を設けるべきです!」


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