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「そんなこた、判ってる。だが、俺たちにどうしろってんだ? 5人、いや、6人で何が出来る?」
 アルベルトの方は意外に冷静だ。彼も、これまで考えてて居なかったわけではないのだろう。
 ただ、何をするにも場所はいる。王都の中で駄目なら外ということになるが、野生の獣の出没やそれこそ治安の問題で、今度は巡回する軍により追い払われてしまうだろう。そもそも、そう促す人も、金も足りていない。動かす人脈さえないのだ。
 だがラウルは、そんなことは判っているとばかりにアルベルトに詰め寄った。
「村でやるんですよ!」
「は?」
「確かに、王都はこの国の全てが集う場所です。遙か昔から王都で市が開催され、各地の物が集う、それは当たり前のことになってます。でも、それが出来なくなったのなら、考えを変えるしかないじゃないですか」
「だから」
「王都に集まる必要はないんですよ。一月ごとに持ち回りで、村でやればいいんです」
「……お前な」
 アルベルトは、熱心に説くラウルを引き離し、額に手を当てた。
「判るが、それは俺たちが口出すところじゃねぇよ」
 突き放しているような言葉だが、そうではないのだろう。開拓村での数々の試みとはまた訳が違うのだ。教え込んでどうとなるものではない。村人達が自主的に動いてこそ継続されるようなことだ。こればかりは支援などしきれない。
 そんなラウルとアルベルトの遣り取りを聞いていたフェレが、おずおずと手を挙げた。
「方法はともかくとして、王都以外で物の遣り取りをする、というのはいい案だと思いますが」
「だからよ、その方法ってのがないんだろ?」
「王都までなら街道が整備されてる。だが、村と村はそうはいかない」
 難しい顔でボリスも指摘する。
「どこかの村を開催地にするなら、移動距離の不公平も出る」
「そのうち、移動しやすい村ばかりが得をすることになるだろうなぁ。そーいうのは、協力して持ち回りで何かやるってのに結構な障害になると思うぜ?」
「あまり大々的にすれば、軍に感づかれる」
「村同士のことは結構放置されてるけどよ、さすがに大人数が別の村に向かったりを繰り返してたら、良からぬ事を企んでいるとかで、領主やらに目ぇ付けられるぜ?」
 交互に出されるカルロスとボリスの意見は否定的だが、裏を返せばそれがそれだけ結構な問題だということだ。いいところばかりに目を向けていても、すぐに計画は破綻する。
「大きな街道とかは通らなくても、ちょっとずつ移動すれば……」
「誰がんな面倒なことするよ。一度にいろいろ売りさばけるから、皆市に集まってくんだぜ? 国がああしろって命令したんなら何とか始まるとは思うけどな、俺たちにそんな権限はねぇんだぜ?」
 いちいち厳しい意見だが、ばっさりと話を切らないところをみると、こうして意見を交わすのが無意味だとは思っていないのだろう。
 先輩ふたりの言葉に考え込む年少組。顎に手を当てて考え込んでいたアルベルトは、ふと黙り続けているイサークへと目を向けた。
「なんです?」
「意見がありそうだと思ってな」
「……こういうときは勘がいいんですね」
 肩を竦め、イサークは本棚から丸められた薄い革を取り出した。それぞれ散らばって座っていた場所から立ち上がり、全員がアルベルトの前の机を囲む。
 広げ、重石で四隅を固定したイサークは、注目を集めるように革の一点を指さした。
「ここが王都です」
「……地図だったのか」
 アルベルトが意外そうな声を上げるのも無理はないだろう。ボリスとカルロスの間からどうにか覗き込んでいるという状態のラウルには、いくつもの線が交差しているだけにしか見えなかった。
「村や町の場所は省略されていますし、大きな道も地元民しか知らないような道も、同じ線で書かれていますからね」
「相当古いもんに見えるが、革自体はそうじゃねぇな?」
「ええ。これは既に失われた物を復元された物です。とは言っても、現物がまだある時期にそれと似せて造られた物の更に写しという、まぁ、何回も写本された最新の物、という感じですね」
「はぁ、まぁ、これ自体のことは判った。だが、お前の言いたいことが判らん」
「いいですか。これは、地図です。ですが、現在の物とは異なります」
 言いながら、イサークは国の中心を縦断する街道らしき線から指を離し、その周囲をぐるりとなぞった。そうして新たに取り出した紙を重ねて見せる。
「……消えてる道がありますね」
 真っ先に気付いたのはフェレである。そう指摘されて改めて見れば、確かに多くの道が現在の地図からは消えていた。
「この道を、復活させましょう」
「え」
「どういう意図が過去にあったのか、……街や村が協力して反旗を翻した時期があったのかも知れませんね。とにかく、街道が整備され安全に移動できるためあまり注目はされていませんが、村や町を直接繋ぐ道や、国境方面に外回りに出来ていた道が消えているのが判ると思います」
 現在、主要な街は大街道に沿う形で作られている。具体的に言えば、国のやや北方中央に位置する王都から、南北へ真っ直ぐに設えられた街道に一定間隔で街があり、そこから西や東にまた道が伸びているといった状態だ。東西横に伸びた道の先にもやや小さな街があり、そこから各辺境の村への道が続く。
 村や小さな街は互いに繋がることはなく、行き来には中継地点の地方都市を介す必要があるが、綺麗に整備された歩きやすい道であり、且つ定期的な軍の巡回も行われているため、それについての不満は特に挙がってはいない。なにより、街道から外れた村の多くが廃村となり開拓地が誰にも利用されないまま放っておかれるほど、国民の居住区は中心部に偏っているのだ。
「村同士の行き来にこの道を使えば、軍の目は逸らせます。街道並の整備は無理だと思いますが、隠れて移動するには丁度いいかと思います」
「ここを通って、村同士でこっそり物の遣り取りしろってのか? そもそも、誰が道を復活させるんだ?」
 胡乱気なアルベルトに、イサークは微笑む。違う、ということだろう。
「王都から出た人たちに協力して貰いましょう」
「!」
「道を作りながら、村と村を回って貰います。勿論、回るのは了解を得た村だけで、それは私たちが聞いて回りましょう」
「それなら、怪我人が居て宿屋に泊まってる人たちに聞けば早いかも」
「いいかもしれませんね。助けた後なら心証もいいでしょうから」
 にこり、とイサークは笑う。
「ついでに、最近開拓を再開したところにも繋げて貰いましょうか」
「だが、まだ軍が駐屯しているところもあるぞ」
「そのあたりの情報は、私が集めてみます。軍にも、現在の状況を面白く思っていない人はいますので。マリアノとテルマに調べさせましょう」


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