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「マリアノ?」
「私の家の使用人ですよ。情報収集や、密かに協力していてくれる人たちとの連絡を取っていてくれます」
「ラト家の紹介で王宮で働いてるんだ。前に、天幕を手配したのもそいつらがいろいろ手伝ってくれてる」
 アルベルトの補足に、ラウルはイサークと出会った日のことを思い出した。他の者は顔見知りなのだろう、あのふたりならば、と納得して頷いているようだった。
 いつの間にか、話は改革を進めるという方向に流れている。気づき、ラウルは苦笑した。
「村を巡って、それぞれいつも市に売りに出している物や村の中では余るもの、足りないものを調べ、効率よく巡ります。他の国にいる、行商人のような感じですね」
 これに頷いたのはアルベルトだけだった。ハーロウ国では中継地点となる都市に大概のものが揃っているため、旅の商売人というのは殆ど存在しない。運送のついでにあれこれと売り買いをする者は多いが、彼らが辺境の地を巡ることはないのだ。尚、中継の都市では昔から、商人の保護のために露天での商売は禁止されている。
 行商人についての説明を求める部下達に、アルベルトは若干面倒くさそうに口を開いた。
「特定の店を持たずに、商品を売りに歩く商売人のことだよ」
「……でも、それじゃ、いつその商売人がいるかわからないんでしょう? そんなんじゃ必要なときに物が買えなくて顧客が困りますよね?」
「そこらへんが市と似てるとこなんだよ」
 広い範囲で言えば、市場は行商人の集まるところであるともいえる。
 説明はしているが、そう詳しくは知らないのだろう。アルベルトは記憶を掘り起こすようにガリガリと頭を掻いた。
「いいか、街にある商店に品を卸せばかなり買いたたかれる。だから街道から外れた村の者は自ら労力を使って王都で露天商売をしていた。行商は自分とこの作物を定期的に売りに歩く。それに貿易の要素を加えりゃどうだって言ってんだ」
「貿易?」
「固定の店は持たずに安く売られている場所で物を買って高い場所で売る、それを繰り返して利益を上げる。情報がキモになるが、そうすりゃ街の商店みたいに酷い値段で買って倍以上の値段で売るなんて真似しなくてもある程度良心的な値段で充分に稼ぐことが出来る」
「思った場所で思ったように売れなかった場合は損だらけですよね?」
「そりゃ仕方ねぇよ。そういうもんだ」
 だがそれでは、安定を好む国民には受け入れがたいだろう。アルベルトの切り捨て発言をフォローするように、イサークがここで口を挟む。
「そこは、予約を取り入れてはどうかと思います」
「予約?」
「王都から避難した人たちの最大の売りは、人手の多さです。村と村の連絡役を作って、小さな荷物を運ぶ傍らで連絡を取りあって情報を共有します。何々が欲しい、と連絡を繋いで、次に寄るときに必ずそれを持っていくという具合です」
「中心の都市にしかない定期の連絡馬車みたいなものですか?」
「馬を使わずに、足の速い若者が村と村を往復する形ですね。王都からの避難民を村に配置してもいいと思いますし、要望があれば村から人を出して貰っても、どちらでもよいと思います」
 質問にははっきりとした返答を返すイサーク。いつからこの構想を練っていたのかと問えば、昔から、と彼は笑った。本来はこういった用途ではなく、反乱を起こす際に連絡網や物資の調達をどうすれば秘密裏に行えるかと考えていたとのことだ。
「できるか?」
 会話が途切れたところを見計らってか、低い声でアルベルトは全員に問うた。計画はまだ大枠が考案された程度、という状態である。正直なところ、第二隊の人間は部外者だ。肝心の農村の者達が拒否すれば全ては消えるだろう。
 だが、将来的に形になりそうか、――否、形にする覚悟はあるかと皆に判断を求めている。
「任務の裏でこっそり行うわけですからね」
 私はできるだけの補佐はします、とイサークは如何にも容易そうに請け負った。
「僕は言い出しっぺですから」
 次にラウルが真剣な顔で頷けば、
「僕も異論はありません。今までやっていたことを壊すだけ壊して、なのに新しいことを始めなければ、この国の基礎がどんどん崩れていきます」
 フェレも真面目に肯定した。
 間に挟まれたカルロスとボリスは互いに顔を見合わせる。そうして、仕方がないといった様子でくしゃりと顔を歪めた。
「俺、面倒なのはごめんなんですけどね」
 ぼやき、だが、肩を竦めて緩く頭振る。
「静かに地味に忍耐強く活動してきた第二隊はどうなったんでしょうねぇ。これで感化されないほど、俺は鈍くはないんですよ」
「同じく」
 全員、労を背負ってでも、何かしたいという気持ちは同じであるらしい。
 決定に、ラウルは思わずカルロス達を押しのけて前に出ると、アルベルトの手を取って何度も上下に振った。主に具体案を出して形を作ったのはイサークではあるが、共に広場の片付けを初め、村人達の悲愴な様子を共有していただけに、小さな興奮の最初はアルベルトと分かち合いたかったのである。
 驚いたように目を見開いたアルベルトは、やがて目を細め、そうしてラウルの手を握り返した。


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