[]  [目次]  [



 数十秒の沈黙の後、ラウルは思い出したように顔を上げた。
「そういえばパオラさん、用があって出て来たのでは?」
「ああ。――だが、まぁ、今日は来ないだろうな。お前たちが戦った後では警戒もするだろう」
「どういうことです?」
「簡単に言えば、お前たちが賊として見なしている者たちに、情報収集という仕事を頼んでいるということだ」
「え!?」
 同行者がフェレかカルロスであれば、異口同音に驚愕の言葉が響いただろう。だがボリスは目を見開いただけで何も言わなかった。どことなく、自分だけが驚きすぎている印象に、赤面しながらラウルは詳細を問う。
「賊って、ここらにいて、前に襲って来た彼らですよね?」
「ああ。そうだ。いろいろ不満を抱えて流れ者になってはいるが、なかなかに見所のある奴らだぞ? 村の生活が厭だったのではなく、貴族に土地を奪われたりして逆らって、一度は牢につながれたような奴らの集団のようだ」
「……はぁ」
「あのときは私たちを高慢ちきな貴族の一行と見なして襲って来たが、それ以前から、実は奴らの嫌う貴族の手先にいいように使われたと知ったら、激怒していたな」
 言い、パオラは好まし気に目を細めるが、ラウルたちにしてみれば、あまり笑えた話ではない。それが本当だとすれば、自分たちの考えに一番近い集団だと言えるからだ。行動が反抗期の少年のように無計画であるところは顔をしかめざるを得ないが、現体制に表立って反発しようとするあたりはなかなかに根性がある。
 思い、ラウルはちらりとボリスを見やった。
「あー……、計画に、組み込めないですかねぇ」
「一応位置づけは『賊』だ。軍に目をつけられる」
「ですよ、ねぇ」
 辺境には、野生の獣も稀にではなく出没する。護衛に元王都の住民や村人ばかりでは些か頼りないと思っていたのだ。他に、開拓村などを嫌って明確な理由も無く賊と化する者も出てくるかと思えば、人間相手に戦える者も必要と言えるだろう。
 いずれ、と思いラウルは唇を舐めた。
「それで、パオラさんはその彼らにどんなことを頼もうと思ってたんです? それとも、情報のやりとりですか?」
「ああ、今日は、――そうだな、代わりに頼まれてくれるなら、言っても良いが」
 ラウルが頷けば、ボリスも同意を示した。
「そうか、なら、この道をまっすぐ下って河にたどり着く、そのあたりにある町の様子を見て来てほしい」
「何か、あるんですか?」
「王都にほど近く、風光明媚な場所でな。ブランカフォルト殿が別荘地にと狙っているという話がある」
「主席政務官どの、ですか」
「あれも先王の時代はまだ私腹を肥やす程度だったが、――王の後見人となってからは、自制も聞かぬようになったようだな」
 ラウルにしてみれば、ブランカフォルト家の専横は今に始まった事ではない。ずっと昔からそうだったという気しかしないのだが、パオラはそれ以前から政治の世界を知っている。嘆かわしい、という思いにもなるだろう。
「このところ開拓やらで村の状態が大きく変わりつつある。私が言うのもなんだが、玩具を欲しがるように貴族がこぞっていい土地を切り分けている状態だな。ブランカフォルトが現在の領地で満足するとは思えん」
「それで、噂の真偽を確かめてくるというわけですか」
「うむ。――だが、もしかしたら手遅れかも知れん。そうだったとしたら、無理はせずに立ち去ってくれ。結果はイサーク・ラトに言えばいずれ私にも伝わるだろう」
 この場合、イサークの人脈の広さを突っ込むべきだろうか。
 僅かに迷い、結局無難な線を選んだラウルは、黙ってパオラの言葉に頷いた。

 *

 ボリスとふたり、山道を下り王都への中継街で一晩越してから、道を曲がり河の方へと向かう。位置で言えば、堤防を確認しにいった村の辺りより上流にあたる。
 最も寒い季節であるはずが、どこか風も柔らかだ。日だまりはどこか暖かい。なるほど、馬をゆっくりと進めるうちにも、別荘地にふさわしい長閑で美しい風景が続いてる。
 時が止まったような、と評すべきだろうか。天候の不安定だった山の方面とは違い、空も奇麗に晴れ渡っている。
「あそこ、ですかね?」
 ラウルが指差したのは、小さな城門だ。周辺に広大な農地は広がっているが、街自体はぐるりと壁に囲まれた形となっている。とは言え、王都と比べれば城壁自体せいぜい建物の二階部分を覆う程度で、歩哨が歩くほどの厚さも無い。古い城壁がそのまま残っている、といったものなのだろう。
 門の前に立つ兵は、如何にも暇そうにあくびを繰り返している。検問があった場合の言い訳をあれこれと考えていたラウルにしてみれば、拍子抜けを通り越して呆れるほどだ。
「出入りに寛容だったとしても、中に居るものに優しいとは限らん」
 とは、ボリスの言である。頷き、ラウルは表情を引き締めた。
 確かに、これほどに穏やかな周辺環境があるにも関わらず、町の中はどこか陰鬱な雰囲気が漂っている。よく見れば判らないほどだが、住民の表情が二分されている。明るく朗らかであるものと、悲痛に強張ったもの、だ。
 大通りというにはささやかな広さの通りの左右には商店が並び、小さな王都といった上品な構えをしているが、町の本当の姿はその裏にあるのだろう。ラウルとボリスは互いに話し合う事も無く、揃って大通りから逸れた道に馬を進めた。
 石畳と街路樹、春には花で彩られるだろう整備された道を外れ、町の左右の端へ向かうことしばらく、建物の密集してきたあたりでふたりは馬を下りた。道が狭くなったというよりは住民たちへの配慮だ。
「……人が、少ないですね」
 同じく、気づいていたのだろう。ボリスも深刻な表情で頷いた。
 今はまだ日が高い。皆が働きに出ているだけという見方もあるが、それにしても静かに過ぎる。通りがかるのは陰鬱な表情をした痩せた大人ばかりだ。家の軒の下で踞っている者も居る。
 まるで病人のような、と思いラウルは顔をしかめた。
「ボリスさん、ちょっとまずいかもしれませんよ」
「ああ」
 ボリスの表情も硬い。
「行ってみるか」
「え、どこへです?」
 ラウルの疑問にボリスは指で答えた。指し示される先には、煙の立ち上る一件の家がある。
「さっきの男はあそこから出て来た。薬のようなものを抱えていたが」
「施療院、かもしれませんね」
 頷き合い、近くの木に馬を繋いで建物の中に入る。案の定、というべきだろうか。扉の向こうは、独特の鼻を突く匂いが充満していた。どこからか、いくつもある部屋の向こうからか、呻き声が重なって耳に届く。
 来客と知らせる為にわざと足音高く通路を進めば、奥から慌てたような声が聞こえた。


[]  [目次]  [