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 西区に続き東区の住民も王都を追われ、貧民街との境にあるような詰め所の近隣にも変化が出ている。そんな周辺の静けさが耳に痛いほどの詰め所に、イサークが久々に足を運んだのはそんな時だ。
「国王の即位10周年の記念式典が、来月に決まりましたよ」
 寝耳に水、というほどではない。記念事業の方は既に始まっているからだ。今更、それがどうしたという思いの方が強い。これもまた珍しく、全員揃っていた室内に、微妙な空気が漂い上る。
 首を傾げる第二隊の面々をゆっくりと見回し、イサークは皮肉気に口端を歪めた。
「実家に帰ったところ、こんなものが届いていましてね」
 言い、主にアルベルトに一枚の紙を差し出した。怪訝な顔でそれを見遣り、次いで、アルベルトは眉間の皺を深くした。
 野次馬宜しく、大胆に後ろから覗き込んでいたカルロスまでが、目線を下げる事に表情をなくしていく。
「……なんだ、これは」
「親愛なる国王からの招待状ですよ」
 カルロスの手からボリスを経て、フェレとラウルに回ってきた紙には、確かにそのような事が記されていた。そうして目を通し、同じく強く眉根を寄せる。
「いったい、あいつらは何がしたいんだ?」
「貴族、いえ、一等民による専制政治でしょうね」
 イサークが直した言葉は、間違いではない。今し方皆が目を通した紙に、そう書かれていたのだ。
 今後、現在貴族と称される人々は一等民となり、彼らに忠実な民は二等民となる。そして一等民の定めた「良識の欠如が見られる」民は三等民として一等及び二等民に隷属を強いられることとなるのだ。
 むろんそれは全員一致の意訳による見解であり、文章の上では「下等級の民を保護し正しい未来へと導く優秀な人材を一等民」と定め「公平に恩恵を受ける民を三等民」とする旨が装飾過多なほどに回りくどく説明されている。
「これまで歴史上の流れで定まっていた貴族という身分を公式に決定するつもりでしょう」
「今までも、好き放題してただろうが」
「次元が違いますよ。国王は神の代理人であり、彼に繋がる者は現世の執行者であり、民衆はその下に付くことが正しいのだと明言していましたから」
「いつ?」
「年の初めの演説で、ですよ」
 苦笑し、イサークがその言葉を正確に再現する。

 神の意志は我が意志であり、我が血族は神であり、この国は我らが血により平穏に定められている。
 故に人は神に従うべきであり、導かれ、何も憂うことなく平和を享受すべし。

「狂ってやがる」
 カルロスが、吐き捨てるように呟いた。嫌悪感からか、フェレはしきりに腕をさすっている。
「だから――」
 ラウルは厳しい顔のまま、イサークを見つめた。
「王都は神の都にすべしというわけですね?」
「ええ。西区と東区の者を追い出しているのは、最終的にその為だったのでしょう」
「選ばれた者だけが美しく住まう都、というわけか。虫酸が走るな。それで、式典の内容は判るのか?」
「そこまでは。ただ、招待状にも書いていますが、この新しい身分の設定に賛同する者は式典の日に王城に集まることになります」
「反対する者は?」
「三等民への降格です。王都を追い出されることとなります。つまり、式典の日には王都の外へ出て行けということですね」
 厳しいな、とカルロスが呟いた。例えばイサークの実家などは、迷いなく王都を出て反対を示すだろう。だが、そんな気概のある者ばかりとは限らない。そこまで思い切ったことはできず、他人を積極的に虐げる気はないが自分の身は守りたいもないという、ある種の日和見主義にとっては究極の決断を迫られることとなる。
「しかし、消極的にでも反対する者くらいはいるだろう?」
「居たそうですよ。即座に軍でも右派の者が現れて連行していったとのことです」
 さすがに、しん、と場が静まりかえる。
「彼らは国王の、というより王家の血筋に対する熱心な心棒者ですから。神に逆らうとはなんぞやという感じでしょう」
「確かに今のこの国の形を作り上げた王以降、この国は安定し続けている。中身は腐っていても、な。だからと言って、王家の筋を神格化するなど、馬鹿げてる」
「ですが、貴族に不信感しか持たないあなたでも、国が自然災害や他国からの侵略から守られているのは某かの力が働いている、それは初代国王からのことで、だからもしかしたら、とくらいは思ってますよね」
 指摘に、アルベルトはぐっと喉を詰まらせた。馬鹿げているとは思っているが、かつては他の国のようにそれなりの災害があったこと、それが初代国王の即位後になくなっていることの妙な符合は認めている。
「あなたですらそうですから、貴族や国王が無茶をしても、無理難題を言っても、なんとなしに逆らってはいけないという気分を国民は持っているのです。勿論、私も。そういう意味ではこうして、静かに反対意見を出すことの出来る機会は貴重かも知れません」
「積極的に、出てきてくれそうな人は居ますか?」
 おずおずと、フェレがイサークに問うた。第二隊の方針に賛同していてくれる、協力していてくれる者も居るとは聞いているが、具体的にどれだけの者がいるのか、実はアルベルトとイサークしか知らないのだ。信用されていないというよりは、まだその時ではないという考えなのだろう。
 顔を見合わせしばし躊躇いを見せた後、口を開いたのはアルベルトだった。
「ガルデアーノ将軍と、他5、6名だな。場合によっては増えるかも知れんが、他は既に権力争いに負けて王都を出ている」
 ガルデアーノ、とラウルは小さく口の中で呟いた。融通の利かない頭の固い軍人で知られているが、同時により地位の高い貴族に対しても容赦ない口をきくという。
 納得したように頷き、フェレが続きを促した。
「離宮の他にも?」
「鉱山で強制労働に当たっている者もいる」
 北方にある鉱山は掘り出される物が貴重品であるため、離宮と同じく出入りが厳重に取り締まられている。そこでの強制労働は、話に聞く他の国と比べて労働環境が整えられているとは言うが、それでも重労働には違いない。王都から近すぎず離れすぎず、微妙な距離にあり権力者達の目も届く場所であるから、おそらくは離宮やその他の場所へ送られた者よりも危険視されていた者たちなのだろう。或いは現役の軍人といったところか。
 多いか少ないかはラウルには判らない。ただそれなりの人数が反発を示して敗れた者達に、まだ気概が残っていることを願う。
 ラウルが頷いたのを認めて、イサークが一度皆の注目を集めるように手を叩いた。
「さて、ここまでは前振りです」
「長ぇよ」
 アルベルトがぼやく。
 だが要は、次の任務が今話していたことと深く関係していると言うことだ。皆が身構えるように顎を引き、イサークは面白くもなさそうに決定的な言葉を口にした。
「各地の開拓地へ、税の徴収に行って貰います」


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