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「……は!?」
 即座に叫んだのはカルロスだ。
「そんなの、地方官吏の役目でしょうが」
「その通りです。ですが開拓地はまだどこの地方にも組み込まれてはいないのです」
「つまり、担当の官がいないと……。しかし、国を挙げての事業ですよね? 開拓担当の者くらいはいるのではないですか?」
 冷静にフェレが問う。
「現に、かなり対応が遅いとはいえ必要な物品の請求や配給はされていますし、副隊長もいろいろと交渉する場で会う人がいるのでしょう?」
「居ますね。ただ彼らは生活環境の整っていない僻地など、数日でも行きたくないと言って拒絶しているのですよ。或いは、開拓民たちの反応が怖いのでしょう」
「軍があるだろうが」
 アルベルトは大雑把に「軍」と言っているが、実際には権力者達から厄介者とされる反抗的な部隊がそうした任に付く。軍部内での特別機動隊第二隊といったところか。
 彼らは第二隊と同じく、別の開拓地へ駐屯して長らく監視を行っていた。
「彼らも同じ任に当たります。私たちは、私たちが関わったあの開拓地を担当することになります」
「なっ……! あの人たちから、作物を徴収しろというのですか!?」
「そうです」
 フェレが、信じられない言葉を聞いたとばかりにぽかんと口を開ける。ラウルは黙って俯き、強く奥歯を噛みしめた。
「徴税はどれくらいだ?」
「収穫の半分です。式典の為の上納というわけです」
「!」
 この日、何度目の驚愕か。さすがにアルベルトも批難するように唇を引き結ぶ。
「どの程度徴収できるかなどの調査はされていません。ただ、納められる税があきらかに少ない土地には、来年度からの援助が減るそうです」
「搾り取るだけ搾り取って、配給としてギリギリの食料を与えるというわけか」
「生かさず殺さず、必要最低限の保障だけで最大限働かせる、そして殆どを働かない貴族が奪っていくというわけですか」
「他国では、どんなに収穫が少ないときもあるだけの物を奪い、餓死する者もいるそうですよ。それに比べちゃましってことですかね」
 アルベルト、フェレ、カルロスの順に皮肉が連射される。ラウルは、額に手を当てたままただ首を横に振った。
「決定を覆すことは?」
 ボリスが、口を挟む。無駄と知りつつといった表情だ。
「他の、平地の方でも同じく半分です。開拓地だけ特別扱いはしないということです」
「公平のはき違え、悪平等、いえ、建前というわけですね」
 眉間を指で押さえ、フェレは悔しそうな声をあげた。
「先ほど副隊長が仰いましたが、徴収に向かい、住民たちに拒絶されたときはどうするのでしょう? まさか戦ってでも奪ってこいと?」
「拒絶には、配給の一切の停止、及び三等民からも除外されると言うことです。言ってみれば奴隷にするということですよ」
 話は、ここで繋がるのだろう。貴族、準貴族、一般民、そして奴隷。国家への反逆罪を擦りつけ、一切の権利をなくした民を作ろうというのか。或いは、反抗してこなかったとしても過剰なほどの税があればよしというところか。
 カルロスが、引き攣った笑みを浮かべた。
「それで? 一生懸命頑張って、慣れない土地で慣れない作業を続け、ようやく手にした収穫を根こそぎ奪うとき、俺らは何て言やいいんですかね? お前達を奴隷に落とさない為だとでも?」
「カルロス、止めろ」
「ボリスも思ってんだろ。――どんな理由があっても、告げる俺たちは加害者にしかなれねぇんだってな!」
「うるせぇよ」
 不機嫌全開に、低く唸ったのは勿論アルベルトだ。
「ガタガタ抜かすな。――イサーク、猶予は?」
「二週間ほどですか」
「殆どねぇじゃねぇか」
「すみません。これでも引き延ばした方なんですよ」
 村までの移動、説得時間、収穫を運ぶ時間を考えれば、殆ど余裕はない。
 数十秒、万事果断なアルベルトにしては考え込んだ方だろう。やがて彼は、普段より二割増し厳しい表情で皆を見回した。
 そして、
「ラウル」
 それまでずっと、黙っていたラウルへと視線を固定する。
「お前が行け」
 言葉に、ラウルは一瞬固まった。他の皆の目も、一斉にアルベルトへと向けられる。
 ちょっとそれは、とカルロスは呟いたようだった。
「……僕に、あの人たちの収穫を奪いに行けと」
「そうだ」
 この上なくはっきりと頷くアルベルトに、慌てたように口を挟んだのはフェレだ。
「待ってください。何もラウルひとりに向かわせなくても」
「そうです、俺も」
 言いかけたボリスを手だけで制し、アルベルトはラウルをまっすぐに見つめた。
「行け」
「……判りました」
 頷いたラウルの顔は青ざめている。気遣わしげに見る3対の目はしかし、アルベルトを前にその感情を言葉に乗せることはしなかった。
 立ち寄った町、そこで起こった事件から半年を過ぎ、判るほどに口数の少なくなったラウルを、隊員たちが表だって慰めたことはない。仕事を続ける以上、自分の心に自分で折り合いを付けるしかないことなのだ。
「精神的にキツイ仕事だと、初めに言っただろう。それを承知でお前は入隊した」
「逃げるなら逃げてもいい。だが二度と、俺の前に顔を見せるな」
 突き放す言い方で、逃げ道を与えている。口調が優しいのはそのためだ。
 故に、ラウルは言葉を絞り出す。
「逃げません。行ってきます」
 アルベルトは、小さく頷いた。

 *

 王都を出てまずは南へと向かう。蛇行する河の水面は穏やかに陽を弾き、美しく整備された道に涼やかな音を響かせている。
 ゆっくりと馬で通り過ぎていく旅装束のラウルを、農民たちは珍しそうに目で追っていた。王都から南に下る主要街道はもう少し東に逸れた場所にあるのだ。ここの地図に載る公道ではあるが特に何があるというわけでもないため、好きこのんで使う者は少ない。
 作業に若干の疲れを滲ませる農夫を見ながら、ラウルは思う。即位記念式典の後、いずれ殆どの財産を失うと知れば、男はどうするだろうか。
 反乱を起こすのだろうか、唯々諾々と従うのだろうか。
 そんな益体もないことを考えつつ、むろん実行に移すことはないまま途中の村で一泊の宿を請い、ラウルは更に南へと進んだ。


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