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 久しぶりに、数ヶ月ぶりに訪れた開拓村は、最後に見たときとは打って変わった活気に包まれていた。上の方に作られていた簡易の住宅は撤去され、今は麓の方に円形の居住区が設けられている。その周辺には様々な野菜が、少し離れた場所に家畜小屋と養鶏場が、そして山の方に向かって伸びる畑には収穫後のキーナの畑が広がっていた。
 ラウルの身長を容易に越すほどのキーナは、硬い茎をして視界を大きく遮っている。これはかなり世話も収穫も大変だったのではと、導入を勧めたことへの後悔を覚えたが、それも今更、というものだ。少なくとも村人の顔を見る限り、悪い結果ではなかったのだと結論を出す。
 そうして皆の邪魔をしないように努めながらゆっくりと村の中を回ったラウルは、最後に集会所を訪れた。
 門番などという堅苦しい存在はない。一応扉を叩き、返事があったのを確認してから中へと入ったラウルは、真正面に居た人物を見て微笑を浮かべた。
「スハイツさん、お久しぶりです」
「お前は……、ああ! おう、久しぶりじゃねぇか」
 厳つい親父顔を綻ばせ、スハイツ・コロモは椅子を蹴って立ち上がった。
「よく来てくれたな。今日はひとりか?」
「あ、はい。そうです」
「こっちゃ皆元気にやってるぜ? 村、どうだ? よく出来てるだろ?」
「はい。すごく、大きくなりましたね」
「若いのがはしゃいでるからな。なんせ初めにお前らがあれこれとんでもない案を出してきただろ。それをみて若いのが考えたんだか単なる思いつきなんだか判らん実験はじめやがって、おかげで全然落ち着きやしねぇ」
「何を始めたんですか」
「あー、いろいろだな。後で案内してやるぜ」
 困ったように言いつつも、スハイツの目は明るい。この地へ来た当初のピリピリとした様子は微塵にもなく、上手くやっているのだなと判る雰囲気だ。
 西のは、東のは、と言い出さない辺り、彼の心にも成長が見て取れる。
「それで、どうしたんだ、今日は?」
 ラウルは言葉を詰まらせた。聞かれた、と思ったのだ。
「……ええ、その」
 思わぬ歓迎に、反対に胸が痛む。これから告げなければいけないことを思えば、ラウルは逃げ出したい気持ちに駆られた。
 その、なんとも評しがたい反応と顔色を見てスハイツは悟ったのだろう。一転、笑みを消して厳しい表情をラウルへと向けた。
「……なんか、良くねぇことなんだな」
「……」
「判った。話は聞く。皆を集めるから待ってくれ」
「済みません」
 ラウルは頭を下げ、扉の傍に立ちつくす。その横を抜けて出て行ったスハイツは、すぐに誰かに声を掛けたようだった。
 村は大きくなったとはいえ、そう広いものではない。キーナの収穫を終えた今、山の方に散っている者はごく僅かだろう。
(心の準備をするための行程だったんだけどな)
 堤防のあたりで不愉快な思いをしたから、とは言わない。美しく豊かな光景は、しかし、ラウルの胸の奥には響かなかったのだ。穏やかに落ち着かせてくれるはずの景色はむしろ、その恵みを開拓民となった村人から奪ったのだと、反対にラウルの罪悪感を呼び起こすものとなった。
 スハイツが、他の村人が戻ってくるまでの数十分。ラウルはあれこれと言い訳を考え続けた。柔らかく、思いを傾聴するように説得する言葉。だがどんなに言葉を尽くそうとも結果は全て同じもので、つまりは、何の意味も成さないことだけがはっきりと知れた。
「待たせた」
 スハイツを先頭に、現れたのは5人。中には西の代表だったディエゴ・デュロンの姿もある。
(ああ、あの第一隊隊長と同じ名前だった……)
 皮肉な巡り合わせを感じ、ラウルは苦笑する。
 それを見咎めるように、スハイツが硬い声で問うた。
「それで、今度は貴族どもは何て言ってきたんだ?」
 驚き、ラウルは顔を上げる。まじまじと見つめられたスハイツは、僅かに口角を上げたようだった。
「知って、るんですか?」
「いや、なんも。ただお前がそんな顔してんだ。ろくでもないことだったのはわかった。そんで、そんなことをお前達が自分から考えるわけがない」
「……」
「じゃあ何だって、ようするに、上からやなこと押しつけられたんだろ。それくらいは判る」
 他の者も同意見なのだろう。スハイツの後ろで4人が小さく頷いた。
 覚悟を決め、ラウルは口を開く。
「あなたたちの収穫の、……半分を納めていただくことになりました」
 瞬間、しん、と辺りから音が消えた。
 無茶なことを言っていると理解しながら、それが何の慰めにもならないことを知りながら、ラウルは地面に膝を突いて頭を下げた。
「お願い、します。生活が苦しいのは判っています。ですが、ですが」
 逆らって欲しいという気持ちがある。だが逆らって欲しくはないと理性が留める。逆らった場合に立ちはだかる壁を越える力は、まだ第二隊にもこの開拓民たちにもない。心の中で奮起し、渦巻く反感を飼いながらも今は従って欲しい、それがラウルの願いだ。もちろん、それが酷く身勝手なものだとは理解している。
 どうしようもないのだ。謝罪することしかラウルにはできない。
 集まった村人たちは、顔から表情をなくしていた。突然住んでいた村を追い出され、開拓地で必死に頑張りなんとか得た物を、外の人間が奪っていく。――なんと、理不尽なことか。
 ひとりは酷く顔を歪めた。
 ひとりが拳を震わせた。
 ラウルはそれを感じ、静かに頭を垂れる。
 ――だが、いつまで経っても、彼に衝撃は落ちなかった。
「……やめろ」
 静かな声に、思わずラウルは頭を上げた。仰ぎ見たそこに、スハイツが怒りも嘆きもない表情で立っている。
「お前は謝らなくていい。立ってくれ」
「ですが」
「いいさ、持ってけ」
 ひとことに、ラウルの胸中に複雑な思いが広がる。やはり、という落胆と、命が繋がったことに対する安堵だ。
 だがそんな彼をまじまじと見つめ、スハイツは言葉を続けた。
「本音言や、まっぴらごめんだ。誰が苦労して収穫したもんだってんだ」
 その、冷たく低い声にラウルはスハイツを見上げた。
「だがな、お前たちが居なけりゃ、今年の収穫はほとんどなかったはずだ。俺たちは仲違いして揉めてたし、平地でやってたことと同じことをしようとして失敗してたはずだ」
「……それは」


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