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「導いてくれたのはお前たちで、考えて自分たちで工夫して協力して何かに立ち向かっていかなきゃならんと教えてくれたのはお前たちで、だから、お前たちになら、全部持って行かれても文句なんて言えない」
 苦笑しながら、スハイツはラウルを支えて立ち上がらせた。
「もともと、半分はお前たちが作ったようなもんだ。持っていってくれ。ただそれは、お前たちだから渡すんだ。恩に報いるだけで、貴族の野郎どもに従うわけじゃねぇ」
「!」
「来年は、肥え太った役所の強突張りを寄越してくれよ。ボコボコにして叩きだしてやるからよ」
 ぶっそうなことを、スハイツは笑いながら宣言する。
「――いいな、お前らも」
 脅すように、スハイツは首をねじ曲げて仲間達を見遣る。そこにあったのは、諦めたような苦笑だ。
「仕方ねぇよな。でもよ、だからと言っちゃなんだが、援助物資を増やしてくれるよう頼むぜ?」
 一番若い男が、戯けるように肩を竦めた。それに対し、スハイツが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「会うのは初めてだな。こいつぁ、うちの婿だ」
「はじめまして。あなたにはお礼を言いたかったんですよ」
「――もしかして、ベルタさんの」
「ついこの間、親父殿を説得できましてね。いやはや、大変でした」
「てめぇ」
「でも、初めに西と東の溝を埋める機会を作ってもらってなかったら、どうにもならないところでした。あの時はありがとうございました」
 言い、男はディエゴに笑いかける。西の代表者として諍いの渦中にいた彼は、思い出したように引き攣った笑みを浮かべた。
「それはともかく……」
 穏やかに、若干強引に話を戻す辺りはさすが年長者というべきか。
「収穫を奪われるのは痛いことですが、今年ばかりは文句は言いません。ただ――希望が通るなら、できればこれは、食べるのに本当に困ってる人の所へ配給して欲しいと思います」
「心配しなくても、舌の肥えた貴族どもは喰わねぇよ」
「そうですね。初めて調理したときの女達の顔と言ったら!」
「だけどよ、栄養価は高いぜ。うちの嫁さんが、乳の出が良くなったって言ってた」
「うちは、ガキどもがぐちゃぐちゃにして大変だぜ」
 そうして、5人の男達は笑う。それを、ラウルは呆然と見つめた。スハイツたちは上からの命令に唯々諾々と、そのまま従おうとしているわけではないのだ。
「……」
 苦労は、当然あったのだろう。それでも収穫を終え、一息ついたときにこの酷い通達だ。本来なら苦渋に塗れている場面だ。
 だが彼らは変化を知った。強かに、変わっていくことを覚えた。自分たちで一から何かを成し遂げたことが、次への希望となっているのだろう。
「ありがとうございます……」
 目頭を押さえ、ラウルは言葉を絞り出す。
「済みません。本当に、済みません……! ありがとうございます!」
 ラウルは引き攣る喉で必死に感謝と謝罪を繰り返した。
 彼らの変化は、彼ら自身の努力によるものだ。だが、その彼らから今の言葉を引き出したのは、第二隊の面々の関わりの結果だ。義理で温情を受けたかったわけではない。だがそれでも、彼らの言葉は嬉しかった。
 自分たちの活動は一方通行ではないのだと、ひとりひとりに強い心を持って欲しいとする想いはけして無駄ではないのだと。そう感じた瞬間に、ラウルの瞼の堤防は簡単に決壊した。
 理不尽な仕打ちに声を涸らした時も、ソフィアの死に立ち会ったときも、凍り付いたように流れなかったものが、滝となって頬を伝う。
「すみま、せん」
 泣きたいのは、スハイツたちの方だ。彼らの苦渋を余所に、自分が勝手に喜んでいる場合ではない。だがそうと判っていても、涙はなかなか止まらなかった。
 そんなラウルに頭に、大きな手が落ちる。目の前には呆れたような、困ったようなスハイツの顔。
 そうしてラウルは、掻き乱された髪から伝わる暖かさに、更なる雫をこぼすのだった。

 *

 開拓村を出てしばらく、山と呼べる領域から整地された道へ戻ってきたあたりで、ラウルは見慣れた人物が待っていることに気付いた。
「――やぁ、ラウル」
 手を挙げ、フェレは柔和な顔に微笑を浮かべて立っている。
「心配してたけど、大丈夫だったみたいだね」
「援軍、ですか?」
「違うよ。僕も他のところへ行った帰り」
「他? そちらも徴税ですか」
「そうだよ。でも、思ったより苦労しなかったな。他の開拓地は収穫全部合わせても食料として足らないものだから、配給目当てに二つ返事で徴税には同意してくれたよ」
 なるほど、とラウルは苦笑した。いろいろあるものだと思う。
「ちょっと、すっきりした顔してるね」
「……何のことですか」
「何でもないよ。さすがは隊長、いろいろ判ってるなと思って」
 含みのある言い方に、ラウルはむっと眉根を寄せた。自覚があるだけに反論できないところが悔しいと言うべきか。更にはそれを見て、笑みを深めるフェレはなにやら憎らしい。
「……フェレさんって、隊長さんのこと凄く信頼してますよね」
「ラウルもじゃないかな」
「まぁ、そうですけど」
 一応は同意し、ラウルはこめかみを掻く。
「フェレさんは隊長さんに恩があるって言ってましたけど、何があったんですか?」
 さすがに踏み込み過ぎかと思いつつ、ラウルはじっとフェレの顔を見つめた。これにはさすがに困ったように眉尻を下げ、フェレは緩く頭振る。
「大したことじゃないよ。僕は権力抗争に負けて没落した貴族の出で、親に心中を迫られたときに隊長に助けられただけだよ」
「え」
 まさかの重い話に、ラウルは一瞬、聞いたことを後悔した。よくよく考えれば、鼻つまみ者の存在の第二隊に居座るほどである。相応の覚悟とそれを決める切っ掛けがあったとしてもおかしくはない。
 その心の動きに気付いたか、フェレは小さく肩を竦めた。
「親の生き方を子供に押しつけるなって言って、僕を匿ってくれたんだ。ついでに両親を思いとどまらせてくれたんだけど、やっぱり辺境に近い村での暮らしは両親には合わなくて、貴族だった頃の特権意識が消えなくて村人とも合わなかったみたいだね。それで結局自殺してしまったんだけど、今度は僕に無理強いはしなかった。その後僕は軍に入って無理矢理第二隊に押しかけたってわけだよ」
「隊長さん、もしかしてその時凄く怒ったんじゃないですか?」
 言葉に、フェレは楽しげに噴き出した。どうやら、予測は合っていたようだ。
「てめぇを軍人にするために助けたわけじゃねぇ、って第一声がそれだったよ。あれは怖かったな」
「あの人、自分の迫力なんだと思ってるんでしょうね」
「本当だね」
 頷き、フェレは視線を遠くに向けた。
「第二隊に入って判ったのは、どんな立場に立ったとしても、苦しいことも哀しいことも、逆に良かったと思うことも全部あるってことだよ。辛い目に遭ったからっていって、その後人が辿る道は同じじゃない。辛さを人に与えないように優しくなれる人もいれば、それを恨みに思って他人を虐げるようになる人もいる」
「そう、ですね……」
「心の持ちようだね。隊長はだからこそ、決断をその人に求めるような問いかけを多くするんだと思うよ」
 言葉を切り、フェレはラウルの肩を軽く叩いた。
「さて、帰ろう。――帰る場所があるのは、いいことだと思うよ」
 だから頼れとフェレは笑う。
 頷き、ラウルもまた目を細めた。


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