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「そ、そこまでは言ってない」
「では言い方を変えましょう。つまり、あなた方はどれだけ理不尽なものであろうと、未知のことに苦労するくらいなら身分制度にも賛成をすると言うことですね」
 それならば、ラウルが敢えて説得する必要はない。それもまた、彼らの選択肢なのだ。
 だが集まっていた面々は、それぞれ言葉を返すことなく顔を見合わせただけだった。ようは、どんな結果になろうとも貫くべき自分の意志というものが定まっていないのだろう。例えば自分たちが二等民になれるなら、喜んで身分制度に賛成するタイプだ。これが民に与えられた最後の決定権だということを理解していない。
 ため息を吐き、ラウルは頭を掻く。
「そうですね。ここに居れば優遇はしてもらえるかも知れません。ですが、自分の意志で反発することも逃げることもできません。身分制度に賛成するのですから、当然ですね」
「……」
「そのあたり、よく夜までに考えてくださいね」
 そして、ラウルにも彼らを責める権利はない。
 どことなくすっきりとしない想いを抱えたまま、ラウルは元西区へと移動した。


 元西区にも東区と同じくそれなりの人が住み着いている。ここでも同じ事を言わなければならないのかと思えば、僅かなりともやる気は失せるものだ。
 だが、人気のない荒れた道を進むうち、ラウルは聞いたことのある声を耳に目を丸くした。
「だからじーさん! 早く行こうって!」
 少年特有のまだ甲高い声は、トニのものだ。
「じーさんなんか、ボロ雑巾にされちまうぜ!?」
「ぶ、物騒じゃのう。じゃが儂は……」
「だー、もう! 思い出を残しておきたいなら、自分が生きなきゃ意味ねぇだろ!」
 他にも、数人の子供がなにやら説得をしているようだ。その内容に思わず笑みを浮かべ、ラウルはその方へと足を速めた。
 見えてきた人影は、そう多くはない。子供達を省けば十数人といったところか。わざと足音高く近づけば、真っ先にトニが気付いたようだった。
「何揉めてるんだい?」
「あ、おにいちゃん」
 親しげに手を振るのは、カルロスに石を投げたことのある女児である。
「おにいちゃんも、じーちゃんに言ったげてよー!」
「ん、だからどうしたの?」
「じーさん、ばぁさんと住んだ思い出の家だからって、出て行きたくないってすぐ戻って来ちゃうんだよ!」
「ガキどもに何が判る!」
 老人の――剣幕になりきれないぼやきに、ラウルは曖昧な笑みを浮かべた。確かに子供には判らないことだろう。特に年月と共に積み重なっていく愛着というものには。
 だが、この老人やその他集まっている者達がここに残っている理由は、東区のものとはまた違うのだ。彼らは思い出に固執しているだけだ。根本的に甘い考えで居座っているわけではない。
「ご老人」
 ラウルはトニの横に立ち、老人と向き合った。
「僕は特別機動隊第二隊の隊員です。命令により、住民方の意志を確認しにきました」
「は、貴族どもの手先か」
「ええ。その通りです」
 言葉に、え、とトニが顔を上げる。お前が今更驚くなと思いつつ、ラウルはにこやかに老人に話を続けた。
「この家に残るのは自由です。どうぞ、満喫なさってください」
「――ふん、言われんでも」
「ですが、この一帯は全て取り壊され、跡形もなくなります。思い出も綺麗に取り壊されます」
「だから、家と共に殉ずると言っておる。貴族どもに振り回されるのはまっぴらごめんじゃ」
「ですが、ここに残る場合、あなたは身分制度に賛成した優良民として、二等民の栄誉に与ることになります」
 老人はぴくり、と耳を動かした。むろん、ラウルの今の言葉は憶測交えた上での嘘である。そういう可能性があると言うだけで確定ではないのだ。同じく身分制度に賛成を示したとしても、貴族達の気分ひとつでどう転ぶかは判らない。
 だがそれを表に出すことなく、ラウルはあくまでも当然の事実であるように老人に嘘を並べた。
「二等民は三等民以下を従える事が可能となります。つまりあなたは、言ってみれば準貴族となるわけです。――現在、貴族の方々に媚びを売って裕福に暮らしている者達と同じく」
 はっきりと眉間に皺を寄せる老人を見て、ラウルは会心の笑みを浮かべた。
「貴族の道楽の末にこの地区に流れついたあなたが、同じく辛酸を舐めて生きていたであろう伴侶の方と過ごした家と町を壊す貴族に準じるというのですね?」
「……」
「貴族に与するのはまっぴらごめん、なのではなかったのですか?」
「まっぴらごめんじゃ!」
「ではその意志は、判る形で伝える必要がありますね」
「むっ……!」
 老人はこれでもかというほどラウルを睨み、顔を真っ赤に変えた。湯気でも立ち上るのではないかと心配するほどの変わり様だ。
 唸る、見守る、見比べる。だがそんな妙な均衡が保たれたのは、そう長い時間ではなかった。
「わかったわい! 出りゃいいんだろうが!」
「いえいえ、どうぞご自由に」
「出る!」
 言うや、老人はラウルを押しのけてそのまま家の外へと大股に歩き去った。
 苦笑するラウルの足下で、子供達がぽかん、と口を開けている。その中で、もっとも回復が早かったのはトニだ。
「じ、じーさん! 家の中のもんくらい、持ってったっていいんだぜ!?」
 慌てて叫びながら追いかけていく。それを目で追いながら、他の子供達はラウルの方へと詰め寄った。
「おにいちゃん、すごーい!」
「じぃちゃん説得しちゃった!」
「そんなことはないよ。ちょっとした技術だよ」
「技術?」
「相手の大事にしているところに訴えかけるんだよ。頑固な人相手には、前言撤回出来ないように追い詰めたりね」
「へー……?」
「お前、何をろくでもないことを教えてるんだ」
 思わぬ所からの突っ込みに、ラウルはぎよっとして振り向いた。子供達も釣られたようにその方を向く。
 その視線の先に、ボリスが呆れたような顔で立っていた。


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