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「君が自由に国を作れるなら、どんな国にしたい?」
 さすがに、突拍子もない質問だったのだろう。何度か瞬き、トニは強く眉根を寄せた。
「わかんねぇよ。でも、母ちゃんみたいなのも、セルジのおっちゃんみたいなのも、そんな人を出すのは駄目だって思う」
「……そうか。うん、それでいいと思うよ。大人になるまでは、誰か、こうなりたいって思う人の背中をよく見て考えるといい」
「あー、うん。そういや、父ちゃん、兄ちゃんのこと褒めてたぜ? ちゃんと、人の気持ちを読み取ることが出来る奴だって」
「え」
「オレは隊長さんのこと格好いいと思うんだけど、あの人になるのは難しいから、父ちゃんはまず兄ちゃんを目指せってさ」
 おそらくは、セルジのことを初めに聞いたとき、エンリケの意見を否定せずに聞いていたこと、そしてその後で思いを変えたことを素直に受け止めたことを評価しているのだろう。半ば誤解があるようで、そんな立派なものではないと否定が口元まで出かかったが、結局ラウルはそれは口にしなかった。
 これくらいは許されるだろうと、そう思う。
「さて」
 最後の一欠片を咀嚼し、ラウルは服の埃を払って立ち上がった。
「僕はもう一働きするけど、トニはそろそろエンリケさんのところへ行った方がいい」
「え、まだ大丈夫だよ」
「駄目。心配させるな」
「……ちぇっ」
 口は悪いが、言うことを判らない子供ではない。不承不承といった様子で頷いたトニの手を引いて立たせ、ラウルは行くようにと肩を叩いた。
「ああ、そうだ」
 そうして歩き始めたトニの背を見て、ラウルはひとつ思い付く。
「トニ、これを明日、隊長さんに渡して欲しい」
 言い、上着のポケットから取り出したのは小さな封筒だ。
「いいかい、中は見ちゃ駄目だよ」
「こんなに暗くちゃ、読めるモンも読めねーよ」
「はは、そうだな」
 もっともな反論に、ラウルは苦笑する。
「じゃあ、これは僕からの任務だ。ちゃんと、隊長さんに届けてくれよ?」
「自分で渡せばいいじゃん」
「ちょっと照れくさい事が書いてあるんだよ。頼んだよ」
「わかったって。そんじゃあ、またな!」
 元気よく言い切り、トニは手を振って去っていく。
 その背を見つめ、ラウルは目を細めた。たいまつの灯りが、長く、長くその影を伸ばす。

 迷いのない背中は、未来を背負って力強く、――。

「……そうだ、行くんだ」
 立ちすくんだまま、眩しそうにラウルはそれを見遣る。
 次第に小さくなっていく影が見えなくなるまで見送り、そうして彼は小さく唇を震わせた。
「強く、生きなさい」
 


 ”私は一度だけ、神を見たことがある”



 まだ逃げ残っていた人が数人、足早にラウルを抜かし去っていく。ひとり、またひとりと光の門を過ぎ闇の方へと吸い込まれるように消えていく。背景にも光の渦、正面にも煌々と焚かれた炎。


 ”その時、神は言った”


 ふたつの光の間に立ち、ラウルはじっと立ちつくす。
 あまりにも静かな顔にあるのは、安堵か諦観か。
 やがてラウルは踵を返す。人々が溢れる門に背を向けて。


 ”お前で最後だ、十代目の新しい国王よ。私の加護はお前の死を持って終わる。その後、私が数百年にわたり抑えていた災害が一度に国を襲うだろう”


 再び加護は得られないのかという問いに、声はとりつく島もなく拒絶した。
 だから、もうひとつ頼んだのだ。
 
 ”未来を変えられないのであれば、せめて、何が起こるのかを教えてください”
 ”10年、だ”


 ”10年後、お前がその生を閉じるのなら、全てを教えてやってもよい”



 ――それは丁度、9年と364日と22時間と30分前の話。


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